……迷子になっちゃった。冒頭からこんなことになってしまいもうしわけないと思います。森の奥をぐいぐいと草を避けたり掻き分けたりしながらどんどん進んできたら大きなお屋敷みたいな建物を発見してしまい目を輝かせながら入ってみたら迷ってしまいました。このお屋敷広すぎだよ。ちらりと見かけたけれどここはどうやら妖怪さんのお屋敷だ。コソコソと入ってきてよかった。大和さんは優しい妖怪だけど大和さんが優しいだけで妖怪は基本優しくない。それはこの1ヶ月でわかった。だから見つからないように気配をなるべく消してきたのだけどこれじゃあ誰にも気づかれないし道を聞くこともできない。いや気づかれたところで怪しまれてあたしの人生終わってしまう。黒猫のままハァと溜息をついてまた草を掻き分けた。

「何をしている」
「!」

 静かなその声にびくりと肩が揺れた。ここ一ヶ月でわかるようになった妖怪の妖気。すごく大きな強い妖気に何故今の今まで気づかなかったのかとあたしは冷や汗を垂らした。その妖気の持ち主はあたしをみている。実際あたしは草の中に隠れているから声の主からは見えないであろう。しかし視線は感じた。さっきの言葉は確実にあたしに向けてだった。ぶるりと身体が震えだし立っていることができなくなる。

「姿を現せ」

 低いその声に身体の震えが大きくなるのを感じながら動かない足を叱咤してあたしは草からでた。

「……陽?いや、違うな姿を魅せよ」

 そう言われ急いであたしは黒猫から人の姿になる。猫耳が恥ずかしいしこの姿だと動きにくいからいやなのだけれど今はそんなこと考えている余裕はなかった。
 あたしの姿を見て目の前の妖怪さんは「ほう…」と呟いた。顎に手を乗せ考えるようなそぶりはまるで絵のように綺麗でさっきとは違う意味で心臓が震えた。恐ろしいくらいに整った顔立ち。銀色の髪をポニーテールにしていて流れるよな長い髪が美しかった。金色の瞳で見つめられたあたしの身体はびくりとも動きはしない。

「半妖だな」
「…っ」
「しかし半妖にしては妖力が高い」

 見ただけで半妖ってばれてしまった。妖怪も人間も半妖を嫌がる。半妖というのは人間にも妖怪にも属せない嫌われる存在だと知っている。確かにあたしは他の半妖や妖怪より妖力が強いらしいけど、こんな強い妖怪さんにやられたら一瞬だ。大和さんの言うことちゃんと聞いておけばよかったと後悔する。一歩一歩妖怪さんはあたしに近付く。逃げる力は身体が震えて入らない。あたしと妖怪さんの距離は30センチ。微かだけどふわりと花の匂いが香る。これは確かここに来るときに咲いていた庭の花の匂いだ。そんな匂いを嗅ぎながら妖怪さんの綺麗な顔を黙って見上げると、妖怪はあたしの頭に手を置いた。なに…?

「名前は?」
「……ない」

 また嘘をついてしまった。あたしにはちゃんとした名前がある。元の名前も、大和さんがつけてくれたクロという名も。しかしそんなことをしるよしもない妖怪さんはあたしを見つめまた考えるそぶりをする。綺麗な顔に近い距離で見つめられ恐怖とは別に身体がこうばる。震えはいつしか止まっていた。

「陽」
「陽?」
「お前の名前だ」

 陽、もう一度口の中で繰り返す。その名前は何故だかよくわからないけど今のあたしにしっくりきた。元の名前とはまったく違うのにどうしてこんなに受け入れてしまうのだろう。

「また来い陽。次は相手をしてやる」
「あ、え……はぁ」

 さっきまでの威圧的な無表情とは違い穏やかな顔をしてそういうからあたしはどうしたらいいかわからなくなってしまった。とりあえず死ななくてすんだらしい。ほぅ、と安心からの溜息をつく。妖怪さんは飽きたのかあたしの頭を撫でてから屋敷に戻っていく。なんだかよくわからない人、いや妖怪だ、とさっていく妖怪さんの背中を見る。

「あっ!」
「なんだ?」

 あたしの声に振り返った妖怪さんはもうさっきと同じ無表情だった。

「あなたの名前、」
「闘牙王だ」
「とーがさん」
「…まあそれでいい」

 そういうと闘牙さんはヒラヒラと手を降りながら屋敷に戻っていった。まだこの時あたしは知らなかったのだ。まさか彼が西国を納める大妖怪だったなんて。気安く闘牙さんなんて呼んでしまったことを後悔するなんて。






そこで私は一匹の黒猫に成り下がる








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