とある一室の前を通るとふわりと鼻腔を甘い香りが擽った。しかし、それは何もこの部屋だけではない。この時期になるとおひさま園の様々な場所で似たような香りが漂い始めるのだ。そう明日のバレンタインの為に―

普段なら毎年の事なので素通りするはずだったが、扉のネームプレートを見て思わず立ち止まってしまった。そのプレートにはなまえ、と書かれていた。

いや、なまえも女子であるのだから部屋からこの甘い香りが漂うのも当然の事。だが私が気になるのはその甘い香りの発生源であるチョコの行く末だ。片思いの相手がチョコを作っているとなると誰に渡すのだろうと気になるのも当然の事、だから私は思わず立ち止まりなまえの部屋をじっと見つめてしまったのだ。

だんだんと甘い香りの中に甘酸っぱい匂いも混じっていることに気付き思わずハッとした。この匂いは私の好物であるモノの一つの…―

かいていた汗もいつの間にか乾いていてどれ程の長い時間、なまえの部屋を見詰めていたのだろう。少しの羞恥を感じながら私はなまえの部屋を後にした。





翌朝のおひさま園は朝から其処等中が甘い香りでいっぱいだった。そのあまりにも甘過ぎる匂いに眉を顰めながらも食堂へと足を踏み込む。そこでなまえの声が聞こえた。思わず振りかえるとそこには少し頬を染めながらチョコを手渡しているなまえがいた。相手は、晴矢―



「はい、晴矢。バレンタインチョコだよ!」

「お、マジ?サンキューッ」



至極嬉しそうに微笑み合う二人を見て私は目の前が暗くなるのを感じた。そうか…なまえの好きな相手は晴矢だったのか…。

綺麗にラッピングされた包みを嬉しそうに開けていく晴矢に私は心の中で嫉妬と羨望の想いが渦巻いていた。馬鹿馬鹿しい私は何を期待していたのだろう。昨日のなまえの部屋から漂ってきた香りは確かに私の好物の匂いだった。それのせいで勝手に浮かれていたのかもしれない。もしかしたらなまえのチョコを渡す相手は私ではないのかと―

噎せ返る様な甘い香りの中、そんな二人を見ていたくなくて私は踵を返す。後ろからなまえの呼ぶ声がしたような気がしたが気付かないフリをして早々にその場を立ち去った。





「風介!待ってってば!」


なまえの必死に呼び止める声に私の足はその場でピタリと止まった。後ろでぜーはーと息を切らしているのが聞こえたが私は気分があまり良くない。何故私を追いかけて来た?君は晴矢が好きなのだろう?なら晴矢と共にいればいいじゃないか。ぐるぐると渦巻く醜い感情。そのせいで私はいつもの倍、低く冷たい声で問いかけてしまった。


「何か用?」

「チョコ、風介に渡そうと思ったら直ぐに出て行っちゃうんだもん。呼び止めても振りかえってくれないしさー」


ぶつぶつと不満を漏らすなまえはまるで私の気持ちがわかっていない。苛々が最高潮に達した私は思わず声を荒げてしまった。


「余計はお世話だ!君は晴矢が好きなのだろう?なら私に構うな!」

「はぁ!?ちょ、ちょっと待ってよ!何であたしが晴矢を?」


心外だと言わんばかりの表情をするなまえは「勘違いしてるようだけど!」と大声を上げるとずい!と私へと近付いてきた。


「あたしの本命は…ッ、普段は冷たいし口調もキツイけど本当は凄く優しい涼野風介よ!」

「………は?」


彼女は今何と言った?なまえが私を好き…?「はい本命チョコ!」と言って渡されたのは先程晴矢に渡していたモノよりも少し凝ったラッピングがされた小さな箱だった。その箱からふわりと漂う香りは昨日なまえの部屋の前で漂っていた匂いと同じで、開けてみるとチョコレートケーキの上に真っ赤なジュレが乗った小さなフランボワーズのケーキだった。


「これ…、」

「一応…ショコラ・フランボワーズよ。風介苺好きだっって言ってたでしょ?だから木苺を使ったチョコ菓子を作ろうと思って…。あ、味は保証出来ないけど…」


恥ずかしそうに頬を染めながらこちらの様子を窺うなまえは凄く可愛くて、少し歪な形がどれだけ頑張って作ったのかを物語っていて心がじんわりと温かくなるのを感じた。

添えられていたフォークで一口だけ食べてみるとしっとりとしたチョコレートケーキの甘さと、木苺の甘酸っぱさが口の中に広がって凄く、美味しかった。

不安そうに私をじっと見つめてくるなまえに私は表情を崩し「美味しい」と伝えた。途端にぱぁっと笑顔になるなまえが愛おしくて私は気付いたら彼女にキスをしていた。

唇を離すとなまえは顔を真っ赤にしていて口をぱくぱくと開閉させていた。その姿も可愛らしく、私は「好きだ…」と呟くと同時にまた彼女に優しく口付けた。







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