ハート。ハートハートハート。ピンク。ピンクピンクピンク。 この時期になると、大手のショッピングセンターはもちろんそこらの小さな店まで、そんな装飾に彩られたお菓子達がところせましと並べられる。2月最大のイベント、バレンタイン。ネットでも雑誌でもオーソドックスなチョコレートのレシピがたくさん特集されてるし、とにかく我が国は製菓会社の陰謀にまんまとはまっている。いつはじまったのかは知らないけど、けっこう昔からあるらしい。おいおい、そんなことでどうする。私たちはここをもっと強い国にしなければならないというのに。 そう、思えば私が在学している王牙学園はそのために創られた学校だ。軍事学校なだけあって圧倒的に男子のほうが多いけど、私たち女子だって志があってここにいる。将来国を助けたい一心で、一般学校にかよう女子のようなぬるい生活はしていない。 つまり私が言いたいのはアレだ、
「バレンタイン反対」 「オレはオレの人気を再認識できる手段として大いに賛成派だけどね」
ハートとピンクに飾られた甘い菓子達に囲まれながら、ミストレは言った。…ていうか尋常じゃなくね、この量。積み上げられたお菓子を見上げながら、かるく冷や汗をかく。一体何人の女の子が彼にチョコレートを贈ったのだろう。検討もつかない。 この中には手作りのものも多い。さっきためしにいくつか開けてみたのだが(もちろん許可はとりました!)、プロが作ったような見た目のケーキやクッキーがほとんどだった。1番びっくりしたのはトリュフで、私は今までにあんなに美しいトリュフ見たことがない。まんまるで、こう、とにかく綺麗だった。聞けば、取り巻き軍団のトップである隣のクラスの…名前は忘れたけど、その子が作ったものらしい。こいつのために一生懸命心をこめて作る女子達の姿が安易に想像できる。王牙学園にいるからといっても、やはり女子は女子。そこらへんは一般学校に通う女子となんらかわらない、むしろ器用な女の子が多かったのだ。 ちくしょう、そんなの聞いてない。そしてその子達のほとんどがこいつにチョコレートを贈っているのだと思うと、よけいに腹がたった。
「第一そんなにもらってもさ、食べるの大変じゃん」 「食べないよ」 「…は!?」 「チョコレートなんて食べたらオレの美しい顔にニキビができてしまうかもしれないだろう」 「なっ、なにそれ…!じゃあコレどうすんの!」 「エスカバあたりに食べさせる」 「…うわ、最悪」
こんなに綺麗で美味しそうなチョコレートを、他人に押し付ける…?!そんなこと、あっていいのだろうか。いや、あっていいわけがない! 捨てるって言わなかったあたりまだマシだけど、彼女達の気持ちはどうなるんだ。心をこめて、大好きなミストレくんのために作ったのに、本人に食べてもらえないなんてあんまりだと思う。 やっぱり最悪、こいつ。顔がよくても性格上に問題点がありすぎる。
…じゃあ、なんで私こんなやつのこと好きなんだろう。 ミストレは私を取り巻きの女の子のように扱わないし、私も取り巻きのようには接してない。現在進行形でこんな話しができてるのはそのおかげなんだけど、片想いの身としては女の子として見られてないのはきついものがある。だからバレンタインに乗じて私を女の子として意識させるつもりだったんだけど、計画が狂ってしまったのだ。…そう、ミストレ親衛隊のチョコレートである。まさかこれほどのクオリティとは。それにプラスして、先程ミストレはチョコレートを食べないという事実が発覚した。こんな状況で私が作ったへっぽこチョコレートなんか渡せるか。渡したとしてギャグにされるだけである。むり、絶対むり!
「で?」 「…なに?」 「なまえはどうしてここに来たわけ」 「…べつに深い意味は」 「あるんでしょ、オレのチョコレート」
ニヤリ。絶対的な確信をふくんだ笑みが、こちらに向けられた。 ええ、え、うそ、なんで知ってるの…!?一気に顔が熱くなるのが分かる。最悪、絶対いま真っ赤になってる。
「ほら、はやくよこしなよ」 「そ、んなのない、し!」 「その顔で嘘ついても無駄だって」 「〜〜〜〜っなんで!?」 「なまえからチョコレートの香りがする」
ば、馬鹿な。そりゃあミストレはこの学園で二番目に優秀だけど、香りだけでチョコレートを持ってることを見破るなんて、…!いくらなんでも凄すぎやしない、か。 いやいやいや、そんなのんきなこと考えてる場合じゃない。こんな分かりやすい反応して、自らミストレくんにチョコレートを作ってきました(はあと)、って言ってるようなもんじゃないか。うわあああ、私の馬鹿馬鹿馬鹿! ちらり、とミストレに目を向けると、……やっぱり。さっきよりもさらに、深く笑っている。 逃げられない。
「言っとくけど、義理なんだからね!」 「痛っ」
懐に入れていた袋を投げつける。形のいい頭にクリーンヒットしたそれは、昨日確かに心をこめて作ったものだけど、ミストレが食べないなら別に問題ないだろう。むしろ食べなくていい。私の作ったトリュフはさっき箱を開けたときに見た物より数百倍劣っている。ああもう、こんなことなら作らなきゃよかった。せっかく今の時期色んなチョコレートが腐るほど売ってるんだから、さあ! ていうかなんなの私、言っとくけど義理なんだからねってなんなの。ツンデレなの。うわああ、恥ずかしい。恥ずかしいにもほどがある!第一ミストレにとって義理だろうがなんだろうが関係ないだろ。どうせ食べないんだから! 私のトリュフを凝視するミストレ。それを凝視する私。なんだか変な光景だ。
「ふうん」 「な、何よ」 「いや、君にしては頑張ったな、と思って」 「なっ…にそれ!どうせ食べないんだったら、そんなの関係ないで、しょ!」
「いや、せっかくだし食べてやるよ」 「………………は」
こちらをみて、ニヤリと笑う。ちょっと待って、今ミストレの口から、信じられないような言葉がでた気がするんですけど。いやいや、気のせい気のせい。 ぶんぶんと首を振って自分の気持ちを落ち着ける。すーはー、よし、大丈夫。落ちついた。するとミストレの綺麗な指が、袋の中のいびつな物体を掴んだ。そしてそれをそのまま口に……ってちょっっと!待って待って!
「まっ…!」 「…ん、あま」 「な、んで食べてんの!?」
今、確かにミストレは私のへっぽこトリュフを食べた。なんで、なんで…!?いくら私を馬鹿にしたいからって、他のチョコレートを差し置いてミストレの口に入るだなんてありえないんじゃ…も、もしかして、それほど私を馬鹿にしたいとか!?なにそれありえない、ミストレはやっぱり最低、だ!
「なんでって、好きな子からのチョコレートは別でしょ」
ぺろりと口の周りを舐めたミストレは、けろりとした態度で言った。…う、嘘だろ。
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