中学生リボツナ27



教室を出ると、左右に伸びる廊下には、いつまで経っても帰ろうとしない生徒たちがたむろしていた。廊下の窓際に置かれたロッカーや、教室の壁に寄りかかり、教室のなかにいるやつらと変わらないような話をして盛り上がっている。これからどうしようか、どこへ行って、なにをしようか。
俺は立ち止まり、ため息をついた。肩にかけた鞄が妙に重たく感じ、眉根を寄せる。

「ツナを、迎えにいってくる」

確かにそう言った。俺はコロネロに、はっきりとそう言った。
でも行くわけにはいかなかった。
当然だ。だって綱吉は今、お取り込み中だ。
朝、綱吉の下駄箱には一通の便箋が入っていた。その便箋の見た目と綴られた可愛らしい女の子の文字に、綱吉は動揺していた。しかしこれも当然のことで、綱吉は女の子からそういった注目を浴びることは、俺が知る限り一度もない。だから俺も動揺した。これから綱吉がどう対応するのか想像がつかなかった。この手紙をどうとるか。どんな思いで顔を高揚させているのか。もしもその送り手が綱吉に好意を持っていて、その気持ちを本人に伝えたくてこの手紙を送ったのか。その思いに綱吉は、こたえてしまうのか。
動揺が隠しきれなかった。その焦りにも似た動揺がナイフになり、綱吉をちょっぴり傷つけてしまった。冷静になった今では、そんな自分を恥ずかしく思う。
まだまだ自分も幼かった。
でも、だからといって、しょうがないことじゃないのか。
自分は中学生だ。義務教育すら終えていない、ただの子どもだ。
だから自分の持つ考えもまだ未熟で、稚拙で、単純だ。
好きな人がいる。
俺は幼なじみの綱吉のことが好きだ。
初めて会ったときからずっと一緒にいる。だから嫌な部分も知っている。こいつの卑屈なところも、かまってちゃんなところも、天の邪鬼なところも、俺はみんな知っている。
そんなところも含めて、俺はこいつという人間が誰よりも大切で、愛しくて、ずっと一緒にいたいと思っている。
それでも、いや、だからこそ、綱吉が新しい人間関係を作ろうとしているところを邪魔したくなんかない。綱吉が自分の意志で築き上げようとしているのだ、俺に邪魔されることなど、あってはいけないのだ。俺も綱吉の邪魔をするようなことは、決してしてはならないのだ。
その思いが俺の足を止める。
ちょっとでも変なことを考えると、綱吉の顔が頭に浮かぶ。
ほんとは綱吉のところに行きたい。でも行けない。
体育館裏と書いてあった。場所は把握している。でも行けない。
綱吉の顔が、頭について離れない。

「ーーーリボーン君?」

目の前に人が立っていた。気がつかなかった。
何度かまばたきすると、澄んだ視界から見慣れた教師が現れた。

「三浦先生」
「そんな、ぼうーっと突っ立ってると、誰かにどかーんて頭突きされますよ」
「誰にですか」

ふふふ、と三浦ハル先生が笑う。俺たちの所属する部活動の顧問である先生は、プリントの束が入ったカゴを提げ、紺色のジャージという出で立ちだった。

「出入り口の前にいるとみんなの邪魔になりますよ」
「あ、そうですね」

左にずれて、掲示物が貼られた壁に、ゆっくりと寄りかかる。

「先生方は職員会議じゃないんですか」
「ふふ、もう終わりました。後は生徒たちが帰ってくれるのを待つだけです」
「すみませんね」
「どういたしまして」

三浦先生の目じりが下がる。

「そういえばリボーン君は、クラスのみんなと打ち上げに行ったりするんですか?」
「え?」
「打ち上げ、青春ですよね」
「ああ、俺は行きませんよ」
「はひ、そうなんですか」
「もう帰ります」
「もったいないなぁ」

三浦先生が灰色のカゴを俺の前に突き出す。

「…なんですか」
「これから我が読書部の部室に行こうと思いまして」
「これを持ってついてこいと」
「綱吉君を迎えに行くつもりでした?」
「いえ」

たぶん綱吉は今ごろ、今ごろ…。

「…コロネロも呼びますか、教室にいますよ」

含みのありそうな笑顔で、三浦先生は言った。

「たまには二人きりで」

廊下にいた生徒たちが、密かに俺たちに注目していた。
ふと視線を彼らに投げかけると、ぶつかることなく避けられた。
どうでもいい。
三浦先生からカゴを受け取り、何度も通った部室へと向かった。






「なにか悩み事でもあるんですか?」

部室代わりの空き教室の扉を閉めた途端、三浦先生は尋ねてきた。
その顔を見ると、まるで母親のようなまなざしで俺を見つめてくるので、どう対処したらいいか分からなかった。

「特に、ないですよ」
「嘘ですね」
「は?」
「リボーン君は嘘つきですね。さっきはあんなにぼうーっとして、誰かに頭突きされても全く気付かなそうな顔をしていたのに」

俺は苦々しく笑った。

「そんな顔してませんよ」

三浦先生の向かい側の席につく。この室内に置かれた六つの机に、ほこりは一つも転がってなんかいなかった。毎日この、目の前にいる先生がこっそりと掃除していることに、俺は最近気がついた。きっと他の部員はまだ気づいていない。他の部員といっても、綱吉とコロネロしか存在しない。
三浦先生は買い物で使えそうな灰色のカゴからプリントの束を取り出した。

「自分が思ってる以上に、他人からは筒抜けなものですよ」
「…そすか」
「あ、このプリントね、綱吉君のクラスのものなんですよ。昨日回収したミニテストです」
「じゃあ、あいつのプリントは真っ白になってるんじゃないですか」

いいえ、と三浦先生が言う。

「綱吉君ね、がんばってますよ。次のテストはあいつを見返してやるんだとはり切ってましたから」
「へえ」
「一度、綱吉君はきみの愚痴を漏らしたことがあったんですよ。リボーンがオレに付き合ってくれた分、がんばって結果に残そうとしたのに、あいつはなんにも見てくれなかったって。覚えあります?」
「…中間テストですか」

5月の中間テストに備えて、俺は綱吉の家に泊まり込み、かかりきりで勉強を教えていた。綱吉の将来のために、なんでもやってやろうという思いだった。
結果は出た。ほんとうによくやったと思う。
いつかごほうびとして、何らかの形でめいっぱいほめてやろうと考えていた。
でも思いつかなかったので、…現在に至る。

「それです」

三浦先生はペラリと一枚のプリントを示してくれた。
不格好だけど真っ直ぐな文字、沢田綱吉の名前。

「いっこだけ間違えてました」
「そうですか…」

5問中4問正解。100点満点だとしたら、80点。

「きみのためなら、なんでもできるんですよね。お互いに、お互いのためならなんだってできちゃうんですもんね」

合格点だ。
ふいに、鼻の奥が、ツンとした。
目をつむると、当然のように綱吉の顔が浮かびあがる。
好きだと思うと、綱吉はにっこり笑って頭のなかからいなくなった。思考がクリアになり、邪魔するものはなにも、…誰もいなくなった。

「…先生、俺、あいつのことが好きです」
「知ってますよ」

先生が笑う。

「きっと、きみは綱吉君の前だけは、誰よりも正直者でいられるんでしょう」

誰にも取られたくないと思っていた。
ほんとうの俺は、独占欲のかたまりだった。友だちなんかいらない。綱吉だけいればそれでいい。
二人だけの世界でいい。でもそれだけでは生きていけない。そんなことくらい、中学生の頭でも理解していた。
まだまだ未熟でも、稚拙でも、単純でも、大切にすべきことはなにか分かっていなくては、前に進めない。
やっとそのことを、10年と少し生きてきて、知ることができた。
まだ遅くないはずだ。間に合うはずだ。
大切なものはなにか、一番大切にすべきことはなにか。そのために今、自分はなにをするべきなのか。
これはエゴなのかもしれない。相手の気持ちを考えずに、自分の思いだけに目を向け、行動する。
でも、だけれども、俺はまだ、中学生だ。
人生の苦しみも喜びも、ほとんど分かっていないような、ただの中学一年生だ。
一度くらい失敗したって、いいじゃないか。
だって俺は、中学生だ。

「そうですね」

俺は言った。

「あいつだけに対しては、正直者でいたいと思ってます」
「じゃあ、綱吉君になんて言葉をかけたいですか?」

にんまりと、三浦先生が笑う。

「…言いませんよ」

俺がそっぽ向いて席を立つと、先生はまた母親のような表情で見つめてきた。

「綱吉君が絡むときだけ、中学生らしい顔つきになりますね。そのほうが、自然体で素敵ですよ」

俺は顔をしかめて舌を出してやった。
三浦先生は吹き出して、その顔も素敵です、と腹を抱えて笑っていた。




2013/05/05

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