中学生リボツナ26



オレはまだ、友愛と恋愛と親愛の区別のつかない中学生だった。ただ好きな人がいるということは理解していて、それから周りの女の子たちの一喜一憂の思いを知り、もしかしたらオレと女の子たちの気持ちは同じなのではないかと初めて考えた。何度も考えた。そんな自分が恥ずかしくもなった。
何度も何度も考えた。頭が痛くなるくらい考えた。時々つらかった。それと時々、うれしくなった。
オレは馬鹿だから難しいことは分からないけど、好きな人といつまでも一緒にいたいと思う。一緒にいて、楽しいこともつらいことも共有して、それからそれから、それから、好きだと言い合いたい。
ーーー体育祭が終わって、放課後になった。
オレの鞄のなかには、一通の手紙がひそんでいる。その手紙の存在を常に意識しながら、手早く着替えを済ませていく。
すっかり雨に濡れたジャージを脱ぎ、湿った体操服の上からワイシャツを羽織る。ひとつずつボタンを閉める指は、冷たくかじんでいた。
一回り大きな学生服は、まだまだこれから成長すると母の期待のこもった制服だった。リボーンの学生服は、オレの一回りもふた周りも大きい。一緒に並んで、一緒に試着して購入した学生服は、まだすれてもいないピカピカの制服だった。
今日一日が終わっても、教室はいつまで経ってもにぎやかだった。クラスのなかでは、体育祭は負けたけどみんなで打ち上げして盛り上がろうと黒板の前で打ち上げの話し合いが行われていた。黒板には決してきれいとはいえない文字で、「ファミレス」「カラオケ」などと順調に候補が挙げられている。
クラスのみんなは当たり前のように黒板に注目し、まだまだ終わらない熱気にほだされているようだった。
まずい。オレは思った。とても退出しにくい。
もちろん社交性もなくクラスに友達と呼べる存在もいないオレに、こんな打ち上げとかいうイベントは苦痛のなにものでもない。どうせみんな仲のいいもの同士で固まって楽しくわいわいするのだろう。想像するだけでうんざりしてしまう。入学時に友達作りを失敗してしまったオレを今更ながら恨みたい。
いやいやでも、教室のなかといってもみんなきちんと席に着いているいるわけでもないし、さりげなくトイレに行く感じで退室すれば気づく人もいないんじゃないか。教室の扉は開けっ放しだから開閉する音に気遣わなくていいし。それにみんな黒板にしか目に入ってないし。それに、それにオレのこと気にする人なんていないし。
そう、いないから。
今日はリボーンも、迎えに来たりしないから。
きっと、手紙のこと知ってるから、オレに気遣って一人で帰るだろうし、なんだったらそっちクラスの打ち上げに参加していくのかもしれないし。
別にいい。そのほうが、いい。
だってリボーンは、人気者だ。
今まで、彼女がいなかったことが不思議なくらいだったのだ。
小学生のころは、ラブレターをもらったり、誕生日プレゼントやおみやげのくまさんをもらったりすることはあったけど、女の子から付き合ってくださいとか、そういったことを言われることはなかった。そのときのオレたちは、まだ、好きな人と付き合うということを知らなかったから。
でも中学生になってから、もう何人の女の子たちから、付き合ってくださいと言われただろう。その噂はオレにまで飛び込んできた。人づてから、または本人から。本人から、どうすればリボーン君と付き合えるのだろうと相談までされた。
リボーンは、女の子たちから告白されるたびに丁重に断ってきた。理由は、好きな人がいるからだと、これも噂で聞いた。

「好きな人がいるから」

と、女の子たちの思いを拒んできたのだ。
じゃあ、じゃあリボーンは、好きな人から告白されればその人付き合うのだろうか。
そしてオレは、今日、体育館裏で待ち合わせしている人にもしも告白されるのなら、その思いを受け入れるのだろうか。それともリボーンのように、拒むのだろうか。

「好きな人がいるから」

と。

「さーわだ!」

ーーー目の前に、爽やかな笑顔が広がっていた。

「や、やまもと」

驚きのあまり机にずっこけそうになったオレを、同じクラスの爽やかマン、略して山本は優しくささえてくれた。

「…ありがとう」
「大丈夫かー?」
「うん、どうかしたの?」
「いやいや、沢田も打ち上げくるよなって話」

山本の笑顔はまぶしかった。
それは誰もが見ほれるような笑顔だったけど、しかしオレの顔はうつむいてしまう。机の脇にかけてあった学生鞄を、ぎゅうっと掴む。

「…沢田?」
「えっ?」

山本の顔が、びっくりするくらい近づいた。
オレは驚いて、学生鞄から手を外してのけぞった。

「ななな、なに」
「やっぱり今日も、リボーンと帰るのか?」
「り」

言葉につまった。
朝、奇跡のように存在していた手紙と、借り物競争のとき、奇跡のように存在していたリボーンの手のひらが頭のなかをかけめぐる。

「…気ぃ遣わなくてもいいよ」

言葉を発することのできないオレに、山本は困ったような笑顔で言った。

「ただ、こんな打ち上げとかでさ、お前と仲良くなれたらいいなって思っただけだから」
「…山本」
「オレ、入学当時から、もしかしたらお前と話合うんじゃないかなーって思ってたんだよね。お前さ、ゲームとか好き?」
「す、好き」
「やっぱなー」

俺、人見る目がいいんだよ、と山本が笑った。

「だから、体育祭のとき思いきってはなしかけてみようと思って。こういうイベントとかきっかけでも、人と仲良くなれるって俺は信じてるからさ、これからもよろしくな」

オレが大きく大きく頷くと、山本はにしし、とこれまたまぶしい顔で笑っていた。






外は大雨だった。風も強く、投げつけるような雨が校舎を叩く。
オレは昇降口にある下駄箱から泥で汚れた運動靴を取り出し、湿った靴下のまま無理やり履いた。ぐちょり、と気持ちの悪い感触がした。家に帰ったら、丸めた新聞紙を突っ込んでファンヒーターの前に置こう。それからあったかいシャワーを浴びて、あったかいココアを飲む。
外に出ようと入り口付近の傘立てを探る。しかし何故か自分の傘が見あたらなかった。探しても探しても、柄に沢田と書かれた傘が見つからない。真っ黒で見分けのつきにくい傘だったから、誰かが間違えて持って行ってしまったのかもしれない。
まじか。こんな時に。
オレは焦った。びしょ濡れで待ち合わせ場所の現れるやつってどうなのだろうかと。
だけど、だけど、とオレは走って待ち合わせ場所に向かった。
自分の都合でひとりにしたリボーンの傘を持って行くようなことは決してできないと思った。リボーンと相合い傘をしたい女の子はたくさんいることは分かっているけれど、オレはリボーンが簡単に人に心を許すようなやつではないことも知っている。
オレは走って待ち合わせ場所へ、体育館裏へ急いだ。
もう手紙の差出人は待ってるかもしれない。
冷たい雨のなか、傘から通り抜ける雨に足を濡らして、待っているかもしれない。
体育館は、校舎から出て、通路を挟んだ右手にある。松の木に囲まれた時計台を通り過ぎたところに、体育館はある。
新しく作られたばかりの校舎と体育館は、横殴りの雨にも負けないでしんと立って、そこにいる。
分厚い雲のした、薄暗い放課後の午後3時過ぎ、オレは胸の高まりがおさまらない待ち合わせ場所へと向かった。
髪の毛はとっくに濡れ、ぴかぴかの学生服はべっとりと肌にまとわりついた。
決していい身なりとはいえない格好で、オレは体育館の裏手へと回った。
学生鞄をにぎりしめる指に、力がこもった。
とても目の開けられない大雨のなか、必死に顔を上げて、前を見据える。

「うわ、ほんとに来た」

ーーー最初に飛び込んできたのは、複数の女の子たちの、高笑いだった。





2013/03/13

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