抜き出した片足、 | ナノ


朝起きてきたなまえは、ホルマジオがいないことに気が付くと途端に顔を不安に歪めた。さらに、イルーゾォが朝飯も食べずに出て行くのを見送りながら、今にも倒れるんじゃないかと思うほどに顔を真っ青に染め上げた。そんななまえを見て、リゾットは失くしたはずの胸がちくりと痛む。それはこの仕事についてどれだけ傷ついていようとも、慣れない痛みだった。
なまえには、これから迎えるトリッシュを奪い返す内容からボスを探す内容まで、何一つ伝えてはいない。それはなまえをこの醜く薄ら暗い争いに巻き込みたくないからであって、決して彼女を信用していないからではない。むしろこのチームのメンバーは驚くぐらいになまえに心を許してしまっている。それはなまえの人柄のせいなのだろう。だから彼女を巻き込まないために何も知らせるつもりはないことをメンバーに伝えた時に、誰一人として反対する者はいなかった。
切なげに顔を歪めながらキッチンへ向かっていったなまえを見送っていると、その服装が自分が買ってやったものであることに気が付いた。子供じみた嫉妬ではあったが、例えプロシュートだろうと他の男が買った服を嬉しそうに着ているのはどうにも気に入らなかったのだ。本当は靴も買ってやりたかったのだがプロシュートに、
「女に靴を送るとそれを履いて逃げられるぜ」
と言われてしまい、そんな迷信、と思っていたが少しでも不吉なことは避けたかったので渋々なまえに靴をプレゼントする権利を譲ったのだ。それを見ていたホルマジオまでもが笑いながら、オレも何かプレゼントしてやるかな、なんて言い出したのだ。そのせいで結局全員がなまえにプレゼントして、また彼女が他の男からのものを身に着けるようになってしまった。けれど、なまえがとても嬉しそうにしているし、それがまた似合っているのでどうにもできないのだ。
そんなことを思い出しているうちに全員が起きてきて朝食が始まってしまった。



結局、夜になってもホルマジオは帰ってこなかったし、イルーゾォもプロシュートもペッシもメローネも帰ってこなかった。正直これほど待って帰ってこないとなると、その生存は絶望的だろう。現にギアッチョから届いたメールにはプロシュートとペッシの死体の確認が書かれていた。思わず唇を噛み締める。ふと気配がして顔を上げればそこにはなまえが立っていた。泣いているのかと錯覚するほどに弱弱しい雰囲気を纏ったなまえは、今にも消えそうなほどに儚く見えた。
「まだ寝てなかったのか。どうしたんだ?」
「リゾットも。ちょっと……不安で寝れなくて」
無理に笑って見せるその笑顔が痛々しくて、少し戸惑ってから呼び寄せる。素直に近づいてきたなまえに隣に座るように促す。ぼんやりとした表情で従うなまえの顔をどうにかしてやりたくて、今できる一番の策を探していた。けれど頭が答えを弾き出すより早く体は動いてなまえを自分の膝を頭に寝かせていた。本当は膝の上に抱き上げてしまいたかったのだけれど、最後の理性がどこか残っていたらしく膝枕にとどまった。
「り、りぞっと、」
「オレが朝までこうしててやる。それなら少しは寝られそうか?」
不安そうな表情から驚いたような照れたような表情に変わったなまえに少し安心して、今できる限りの柔らかい声が口から零れる。それにつられるように自分の顔も柔らかく解けるのを感じた。ゆっくりと顔を赤くしながら頷くなまえの髪を丁寧に撫でながら眠る様に催促する。そっとパソコンの明かりを落として、なまえが目を閉じて眠りに就いていくその顔をただ眺めた。そろそろ寝たかと言う頃に撫でる手を止めて、顔を寄せる。
「愛してる。絶対にお前だけは、守って見せる」
そっと決意と精一杯の告白を込めて、唇の端の方へキスを落とす。幾ら寝ているとはいえ、その唇にキスをすることはできなかった。臆病な自分に少し笑いつつ、お腹の方へ擦り寄ってくるなまえの頭を再び撫でる。幼い寝顔に、そういえばなまえがまだ17歳くらいであることを思い出す。ロリコンかオレは。
そんなことを考えながら時計の方へ目をやれば、すでに結構な夜更けとなっていた。死んでいった奴らと、恐らくもう死んでいるであろう奴らのことを考えながらなまえへの思いを胸の底へ閉じ込める。明け方にはきっとオレもここをでなければならないだろう。それでも眠る気も起きないし、なまえと居れる短い時間を今存分に思い出に刻みたくて、寝ることは諦めた。
オレがこれから生きているのか、それはさっぱりわからない。けれどなまえだけは何があっても死なせたくなくて、なまえだけが今のオレの希望で、絶対に守りたい。だからこそなまえが起きれば必要なことを伝えて、オレは、また爪弾きにされた世界に飛び込めばいい。そっと固めた想いと共に、ひどく温かいなまえの手を握り締めた。



(ああ、生きることの素晴らしさよ)





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