抜き出した片足、 | ナノ


ここに捕えられてから、もう三日目。トリッシュは無事だろうかと引き離された妹に思いを馳せてみる。お姉ちゃんはまだまだここを出られそうにありません。はあ、と溜め息を吐けば、今日の監視役であるプロシュートとペッシが目敏く(耳敏く?)気が付いた。
「どうした、なまえ。なんかあったか?」
ニヤニヤと笑うプロシュートには嫌な予感しかしない。これは間違いなくからかう気満々の笑顔だろう。
「リゾットのことか?」
ペッシまでノリノリで聞いてくるのだからもうだめだと思う。昨日、仕事から帰ってきた全員にリゾットと何があったのか、と聞かれた。そんなに私の態度がおかしかったかと思ったが、よくよく考えてみれば、呼び方と話し方が朝と全く違うのだから気が付いてもおかしくない話だ。なんでもない、と誤魔化せば変な憶測をされそうなので、リゾットに言われたから変えた、と簡単に事実のみを伝えた。結果、全員に対して呼び捨てタメ口ということになった。
「ちがいますー」
プクー、と膨れながらそう返せば、そうかよ、と笑われてしまった。洗い物も終わったので、取り込んで貰っておいた洗濯物を畳むために、リビングのソファに移動する。用事がないときは部屋に居ろ、と言われたにも関わらず、彼らは私がリビングにいることを何の気なしに許してくれている。それが心地よくて、つい甘えてしまっていた。
「そういえばさ、」
そう切り出せば、雑誌を読んでいたプロシュートとペッシが同時に顔を上げる。表情まで同じなもんだから、それを見て思わず笑ってしまった。
「二人って、ものすごく仲イイよね。ペッシさ、えと、ペッシは兄貴ィ!とか言ってるし」
くすくすと笑いながらそう言えば、プロシュートが嫌そうに眉を顰めて、ペッシは焦ったようにあわあわし始めた。
「何言ってやがんだ。オレはこのマンモー二の世話してんだ。兄貴って言われてもいいだろーがよォ」
「何もダメなんて言ってないでしょ。それに、よく一緒に出掛けてるし……、あれ、二人とも同じ仕事なの?というか、仕事何?」
沈黙が辛くてつらつらと言葉を並べる。あ、この質問は駄目だったか、と心配したが、プロシュートは少し視線を浮かせて、あー、と言うともう一度雑誌に視線を落として短く、ギャングだ、とだけ言った。例えそれが本当だろうと嘘だろうと、まあ彼らは普通の人じゃないことは分かっているので、この際どっちでも良い事にした。しかしそれ以上何も話さなくなってしまい、何か他に話題はないかと探ってみるが、情報を仕入れるものがないなまえに、そうそう良い話題は見つけられなくて、苦し紛れに無意識の内に口から質問が飛び出していた。
「どうして、トリッシュのパードレを探してるの?」
その瞬間、空気が凍りついたのがわかった。まずった、と思い慌てて取り消そうと顔を上げたら、初めて見る冷たいプロシュートの目があった。
「余計な詮索はするもんじゃあねェ」
「ごめ、んなさい」
冷たい声に、喉がヒュッと掠れる。ああ、やってしまった、どうしよう、とこればかりは落ち込むしかなかった。誰も喋らない気まずい空間に痺れを切らし始めたころ、突然ペッシがどこからともなく、釣竿を取り出した。
「え、釣竿……?」
「なまえ、下がってろ」
何かから庇うようにプロシュートがなまえの前に立つ。一瞬、プロシュートはなまえの言葉に何か引っ掛かったような気がしたが、今はそれを気にしている暇はない。徐にペッシが壁に向かって釣り針を投げると、そのまま壁の中に吸い込まれるように針は消えて行った。驚いていると、壁の向こう側から呻き声が聞こえた。
「兄貴ィ!」
「よしペッシィ、そのまま引き上げろ」
言うが早いかペッシは竿を魚を釣るように引っ張る。プロシュートが釣糸の伸びている壁のすぐ横にある窓を開ければ、そこから男がペッシの釣竿に引かれるようにして入って来た。ヒッと息を詰まらせれば気が付いたペッシが私に部屋に戻るように言った。足早に部屋に戻るなまえを見届けて、リゾットを呼んでくる。そうしていると只ならぬ気配を感じたのか、他のメンバーもリビングに集まって、釣り上げられている状態の男を囲う。
「テメー、ボスの遣いか?あ?」
ギアッチョのその声を皮切りに全員で男に尋問を開始する。リゾット達はトリッシュを攫おうとしたのだ。ボスに情報が行っていてもおかしくない、と全員が切羽詰まった表情で男を問い詰める。あっという間に音を上げた男はペラペラと話して命乞いをするが、どうも振る舞いから見ても、ボスの手下ではないらしい。しかし問い詰める際に際どい質問もしたので容赦なく命は消しておく。
始末し終えて、ふとプロシュートは何かが自分の記憶に引っかかっていたのを思い出し、よくよくその時の状況を思い出す。そして、その原因に気が付くとともに、部屋に帰ろうとするメンバーを引き留めて、なまえを呼んだ。まだ怯えているなまえに、男は追い出したから大丈夫だとリゾットが言えば安堵したように息を吐いた。
「ペッシ、ビーチ・ボーイを出せ」
「え?」
「いいからさっさとしろ」
プロシュートの突然の命令に、ペッシをはじめ、全員が首を傾げる。そしてビーチ・ボーイをペッシが出して、全員がペッシのスタンドに目を遣った。その場にいた、全員が。
「なまえ、もしかして、これが見えてるのか?」
「これって、その釣竿……?」
リゾットのその言葉にメンバーがハッと息を飲む。スタンドが見えるということは、
「お前もスタンド使いなのか?」
リゾットが強張った表情でなまえに聞く。一方なまえは状況が掴めずにいた。手品のようにペッシが取り出したあの釣竿が見えてはいけないものなのか。それに、スタンド使いとは一体何なのか。
「すたんど、使い……?」
「こんなものが出せるのか?」
プロシュートとメローネがスタンドを出現させる。突然目の前に現れた見慣れない形をしたモノに、なまえは一歩後ずさる。そして、なまえを見つめる全員の顔を見渡すと、恐る恐る口を開いた。
「昔から、見えてはいたよ……」
「じゃあ、お前は使えないのか?」
「そんなの、自分から出たことない」
怯えたようにスタンドを見つめるなまえに、どうやら嘘はついていないらしいと判断する。しかし、見えるというのなら、きっと何らかの能力を持っているのだろう。本人さえも気づいていない能力が。
「まあ、後で聞こう。すまなかったな、家事の続きをしてくれて構わない」
リゾットがそう切り出せば、その場の緊張が一気に解かれた。そしてプロシュートとペッシを残して全員が部屋に戻っていく。呆然と立ち尽くしていたなまえにプロシュートが、大丈夫か、と声を掛けた。ハッと我に返って、なまえは不安そうに二人を見上げた。
「ねぇ、私、ダメなこと言っちゃった……?」
今にも泣きだしそうななまえに、プロシュートは優しく笑って、違うのだと頭を撫でた。いつの間にかスタンドをしまっていたペッシも、困ったように笑っていた。
「ちょいと全員が神経質になってるだけだ。気にすんじゃあねェ」
そう言えば、ようやくなまえもホッとしたように笑って、じゃあ洗濯物畳まなきゃ、とソファの方へ慌ただしく走って行った。その背中を、プロシュートとペッシは複雑な思いで見つめていた。



無知とは、罪なのか
(もしかしたら、何も知らねェほうが幸せなのかもな)





- ナノ -