2012 | ナノ

お気に入りのカフェの窓際の席で頬杖をついて街中を足早に過ぎていく人影を眺め続けた。携帯で楽しそうにお喋りをしながら歩く女性、時計をチラチラと確認しながら切羽詰まった表情のサラリーマン、腕を組んで歩くカップル、手を繋いで歩くカップル、幸せそうに見つめあうカップル……、とそんな具合に恋人たちばかりに目が行ってしまうのは、私が馬鹿みたいに我慢強く待ち合わせをしている自分の想い人を待っているからでありまして。きっと何も知らない人が見ればモデルじゃないかと勘違いしてしまうほどの美貌を持った彼は、私をここに呼び出したまま姿を見せもしない。
はぁ……、と深くため息を吐いて壁にかかったオシャレな振り子時計をチラリと見れば、約束の時間からすでに長針は二周も回っていた。なかなか自分は馬鹿なんじゃないだろうか。
「話があるんだ、すぐにいつものカフェに来い」
それだけ言って切られた電話はなんとも素っ気ない内容だったが、私にとっては天にも昇れるほどに嬉しいものだった。だから急いで準備をして、尚且つおかしい所はないか念入りにチェックして家を飛び出したというのに。きっと綺麗な人でも見つけて、気でも変わったのだろう。
そういえば前にもそんなことあったな。あの時は確か五時間待って諦めて帰っていたら美人なお姉様と腕を絡ませて歩く彼に遭遇しちゃって、悔しくて、悲しくて、泣きながら帰ったんだっけ。その後それに気が付いていたらしい彼はすぐに謝りに来てくれたが、所詮自分は美人さんに会ったら一瞬で忘れられる程度の存在なんだと理解した瞬間だった。けれど謝っていた彼の表情は必死だったから、少しばかり勘違いもしそうになった。

なんて懐かしくも辛い記憶を思い出しながら、ちょっとだけ残っていたカプチーノを飲み干して席を立った。きっと今日も彼は来ないのだろう。何度目かわからないため息を一つ店に残して、扉を抜けた。途端に吹き付ける冷たい風に顔を顰めて一歩道に踏み出せば横からグイっと腕を引かれた。驚いてそっちに目を向けると、そこには息を切らした彼がいた。
「ぷろ、しゅーと、」
「わ、るい、遅くなり過ぎ、た……」
いつも澄ました態度のプロシュートがぜぇはぁと息を切らして汗を流している姿なんて初めて見たものだから、目をぱちくりさせてしまう。
「だ、大丈夫?」
顔を覗き込みながらそう聞けば、ああ、と短く返事をして深呼吸を数回繰り返すと息を整えた。よくもまあそんな簡単に息切れが治るもんだと感心しながら見ていると、バツが悪そうに顔を顰めた。
「もしかして、帰ろうとしてたのか?」
「あ、うん、ごめん。今日はもう来ないと思って……」
「いや、遅くなった俺が悪いんだ、すまねぇな」
急な仕事が入ったのだと申し訳なさそうに苦笑するプロシュートも、珍しい。いったいどうしたのだろうか。こんなにもレアなプロシュートをいくつも見るなんて、私の人生のラッキーの大半を今日で使い切ってしまったんじゃないだろうか。大丈夫だよ、と笑えばもう一度詫びてから私の手を掴んで歩き出した。何も考えずについていけば、路地裏に入って行くではないか。人気の全くない路地裏は危険な場所以外の何物でもない。思わずギュッと手を握ってしまった。するとプロシュートは徐に立ち止まってくるりと振り返ると、私を優しく抱きしめた。突然の奇行に、全身が強張ったが、プロシュートが優しく頭を撫でてくれて少しずつ解れていった。
「なあなまえ……、」
「な、に?」
「遅れた理由がよぉ、仕事だけじゃねぇっつったら怒るか?」
「え……?」
耳元で甘く囁く声に頭がくらりとする。プロシュートの色気にあてられて、最早まともに思考が働かなくて、彼が何を言っているのか理解ができなかった。
「どういうこと?……あ、またいい人に会った、とか?」
ちくりと痛む質問をしてみれば、鼻で笑われるのがわかった。
「まあ、イイ女のことには違いないが会ってたわけじゃあねェ」
「どういうこと?」
少し状況に慣れて働き出した頭で必死に考える。取り敢えずイイ女関連のことで遅れたらしいことは分かった。
「わかんねぇーよな」
混乱する私を見てまたプロシュートが愉快そうに声を上げる。もうお手上げ状態の私は、取り敢えず正解を聞くことにした。
「ねぇ、なんなの?」
「仕方ねぇな。正解は、」
少し離された私とプロシュートの体の間に一輪の赤いバラが差し出された。また驚いて固まる私の手にそれを握らせると、プロシュートはバラに口付けてから再び私を抱きしめた。その気障な行為でさえ美しいほどに似合ってしまう彼は、どうしたというのだろうか。ギュッと更に抱きしめる力を強くする。
「お前にプレゼントを買ってたんだよ。愛の告白するってーのに手ぶらじゃ格好つかねェってもんだ」
そう言ってもう一度体を離すと、私の額とプロシュートのそれをコツンと合わせた。至極楽しそうに彼は笑いながら、頬にそっと触れた。
「なあ、お前が好きなんだよ、なまえ」
その言葉に目を見開いた。先ほどから彼の言葉を私の頭は上手く咀嚼してくれない。パチパチと目を瞬かせると、プロシュートは少し笑って唇を重ねた。触れるだけのそれさえ今の頭は理解してくれなくて、ゆっくりと離れる彼の長い睫を目で追った。
「返事はくれねぇのか?」
その綺麗な顔を綻ばせてそう聞くが、キスまでしておいて返事も何もあったもんじゃないだろう。ここでノーと答えれば彼はどんな表情を見せてくれるかと思ったが、単純で経験値のすくない私の心はどうにも素直で、迷わず彼の胸に飛び込んで行った。やっぱり私のラッキーは今日で全部なくなってしまうかもしれない。けどそれもいいかもしれない。


(やべぇ、離したくねぇ)




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