2012 | ナノ
外を見れば、ぱたぱたと飛んでいく二羽の鳥が見えた。どこに向かうのかは知らないが、いつ見ても羨ましいくらいに自由なやつらだ。はあ、と小さく息を吐きながら黒板に顔を戻せば、理解しがたい記号と見慣れた数字が仲良く肩を並べている。お前らがそうやって仲がいいから私は困るんだよ。よく分からない悪態を吐きながらそいつらを手元に移していく。余りの量に、あれ、この記号ってこんな形だっけ、なんて混乱してきて手を止めた。何タルト崩壊っていうんだっけ。数学教師の口から吐き出される言葉は、私を戸惑いの底に突き落とす呪文に違いない。その呪文から少しでも逃げようと窓とは反対側の席に目を向けた。そこには日本人とは思えないような髪色をした優等生が座っている。独特の前髪を揺らしながら、懸命にペンを動かし続ける花京院に嘆息しながら、私もそれに倣ってペンを動かしてみた。まあ、ペンが滑るのはノートの上ではなく、小さなメモ帳の上だけどね。
「えいっ、」
教師が黒板に目を向けた時がチャンス。それを狙って小さな掛け声と一緒に、くしゃくしゃに丸めたメモを花京院目がけて投げつける。途端、緑の法皇が現れてそれをキャッチした。ナイスキャッチ!じゃなくて、そんなことにスタンド使うなよ。ちらりとこちらを振り返る花京院にピースサインをしてみせれば、また君かとばかりにため息を吐かれた。ひどいわ。
「ひ ら い て み て」
口パクで一語ずつ区切って言えば、もう一度ため息を吐いてから花京院はメモをガサガサと開いた。少ない文字を読み終えたらしい花京院は、文句を言いたそうに勢いよくこちらを振り返った。あ、今振り返ったら、
「花京院君、何を振り向いているんだ」
「あ、いえ、なんでもないです……」
数学教師の小さな目に留まったらしく、注意された彼は慌てて前に向き直った。込み上げる笑いを必死で抑えながら、机の上に置いていたタオルに顔を埋めて隠した。笑いが治まってきた頃、やっと授業終了のチャイムが鳴った。
「名前!」
礼を終えると花京院は真っ先に怒りながら私の席に向かってきた。また笑いが込み上げてくる。
「ぶふっ、なに?」
「なに?じゃないよ!まったく、変なものを寄越さないでくれ!」
おかげで怒られてしまったじゃないか、と顔を真っ赤にして怒る花京院には悪いがその反応が面白くて仕方がない。笑い続ける私に呆れたのか諦めたのか、それで、と花京院はさっきのメモを私の前に置いた。
「で、何が "はずれ" なんだい?」
「あー……」
笑い疲れた顎を擦りながら、それね、と筆箱をゴソゴソと漁る。何をしているんだとばかりの視線を避けつつ、取り出した二つのこれまたくしゃくしゃに丸めたメモを片方ずつ両手に握る。そしてその拳を勢いよく花京院の目の前に突き出した。
「どっちが "あたり" だ!」
「……選べって?」
「おうよ!正解だったら何が "あたり" か漏れなくわかるよ」
にこにこと笑う私に何を言っても無駄だと思ったのか、それとも単に興味が湧いたのかは知らないが、どうやら選んでくれるらしい。暫らく二つの拳を眺めた後、左手を選んだ。
「ファイナルアンサー?」
「ファイナルアンサー。で、何?」
急かすように言われて、まあ慌てなさんな、と花京院の手の平に左手のメモを落としてやる。開けるよ、なんて言いながら開いていく花京院に、自分が少し緊張していることに気が付いた。期待と不安で高鳴る心臓を落ち着けるように深く息をしながら、ゆっくりと立ち上がる。
「っ、これ!」
「残念ながらそれが正解さ!じゃあ私はお花を摘みに行ってくるよ!」
顔を赤く染めながら私を見る花京院の視線から逃げるように、教室を飛び出した。きっと彼のことだ。すぐに追いかけてくるだろう。それまでに頬の熱を冷まさなくては。屋上に駆け込むとそこにはいつもの不良はおらず、代わりに窓の外で飛び立ったはずの二羽の鳥が仲良く寄り添っていた。


(好きだよ)
(なんて、ベタだったかな)

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -