2012 | ナノ
冷たい風が遮られた教室の真ん中の一番前、そこが名前の席だ。その場所で重力に従うように目蓋を落とせば、聞こえる音に意識が集中する。カタカタと足を動かす音、カツカツとシャーペンを躍らせる音、パラパラと教材をめくる音。そのどれかが絶え間なく耳に届いて、静かになることはなかった。そのBGMに耳を傾けながら意識を暗闇へと誘っていけば、心地よい感覚に首がふらふらとし始める。

ばちーん、

小気味いい音と同時に頭に痛みが走る。何事かと顔を上げれば、目の前にはぴくぴくと眉を吊り上げる先生の顔。
「ご、ご機嫌麗しゅう」
「この状況で麗しいわけないだろう!」

苦し紛れに飛び出した挨拶は先生に一蹴されてもう一度頭を叩かれる。ドッと沸き起こった笑いに居た堪れなくなりながら痛む頭を押さえて唸っていると、グイッと後ろ襟を掴まれて立ち上がらされた。
「これで三度目だ。もう廊下に立ってろ!」
「そ、そんな!殺生な!ていうか今時廊下に立てらせますか」
「なんだ、生徒指導室コースをお望みか」
「廊下に行ってきまーす」
そそくさと扉を開けて大人しく廊下に出る。笑い止まないクラスメイトを怒鳴る先生の声を背中で聞きながら扉を閉めて廊下の隅っこに立つ。今時廊下とかないわー。しかしこれ以上恥を掻きたくないので仕方なく窓の外を眺めていれば、右側にある階段から足音が聞こえてきた。巡回中の校長先生かな、と思って顔を逸らしていれば予想外の声が聞こえてきた。
「何してやがんだ」
「おっと承太郎くんかい、随分と遅い登校だね!もう三時間目も終わりを告げようとしているよ!」
なんと校内一怖い男前の不良でした。びっくりだね。
「知ってるぜそんなこたぁ。それよりなんでてめーこんなとこに突っ立ってんだ。授業中じゃあねぇのか」
「それが聞いてよ!居眠りしてたらうんぬんかんぬん。今時廊下に立たせるなんてありえないよ!」
一部省略しつつ訳を話せば、一瞬にして顰め面が呆れたように崩された。失礼な話だ。今何の授業だ、と聞かれたので生物だと答えれば、その不良は少し考える素振りを見せた。
「……教科書忘れたからサボるぜ。名前も来やがれ」
そう言って承太郎は名前の手を取ってくるりと向きを変えると、階段を上り始めた。屋上へと続く扉は施錠されていて入ることはできないはずだ。どこへ向かうのかと呆然としながら名前がついていけば、なんてことはない、承太郎はしれっとその南京錠をいとも容易く壊して屋上への出入り口を開いてしまった。
「うっわ、いけないんだ」
「黙ってろ」
非難するように見上げれば冷たく一言返される。むぐ、と口を噤みながら手を引かれるままについていく。漸く目的の場所に着いたのか、鞄をバサッと放り投げると、中身が飛び出したのも気にせずにドカリと壁を背に座り込んだ。それに倣うように承太郎の横に腰かける。帽子を目深に被ってしまった承太郎に一人目的を見失う。
「……え、何しに来たの?てか私いる?」
どうしたものかと承太郎を見上げれば深く沈んだ鍔の隙間から綺麗な目が覗く。色っぽいそれに少し名前の心臓は跳ねたが悟られないように握られた手を解こうとする。いつまで握ってんだ。
「やかましい。一緒に寝りゃあいいだろうが」
ぐいっと引っ張られて承太郎の肩に頭をぽすんと預ける。微妙に噛みあってない会話に呆れつつ、実はそんなこと気にしてられないくらいには今私は焦っている。どうしよう、どうしよう。おどおどと戸惑いつつ彷徨わせた視線はあるものを捕えた。それを見た瞬間、私は承太郎の行動の意味をやっと理解した。
「承太郎、」
「……さっさと寝ろ」
黙れ、と言わんばかりの言葉にグッと一瞬詰まるも、それでも緩む口元を隠しきれずに、飛び出す言葉を抑えきれずに口を開く。
「ありがとう」
「……やれやれだぜ」
ギュッと抱き寄せられた肩に途方もない幸せを感じた。


(生物の教科書、忘れてないじゃない)



暇そうなヒロインちゃんを屋上に救出した承太郎くん。

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