抜き出した片足、 | ナノ
完成した料理を皿に盛りつけていく。ホルマジオに夕食を作ってくれないかと頼まれたのが一時間ちょっと前。その後、食材を確認すればほとんど何もなかったもんだから、それを言えばホルマジオが必要なものは買ってきてやる、とメモ片手に買いに行ってくれた。数時間前に私を拷問にかけようとしていたとは思えないほどに手を焼いてくれている気がする。
「よし……」
綺麗とは言えないが、それなりの見た目に盛ったボロネーゼを食卓に運んで行けば、新聞を読んでいたホルマジオがふらふらと近寄ってきた。
「うまそーだな」
「お口に合えばいいんですけど……」
そんな会話をしながらホルマジオと一緒に料理を運んでいれば、ぞろぞろと全員がダイニングに集まってくる。うまそー、と笑いながらさっさと座るメローネにホルマジオに返したのと同じ言葉を返す。イルーゾォは早々に黙って座ってしまい、ギアッチョに至っては一目名前を睨んでから座る。ああ、気が重い。どこかに行っていたのか、げんなりした顔のプロシュートとペッシは買い物袋をソファに置いて名前に軽く挨拶をして座った。リゾットも部屋から出てきて一言、グラッツェ、と言って座る。その隣に名前は座らされて、夕食は始まった。ドキドキとしながらボロネーゼを口に運ぶ皆の反応を伺う。
「ベネ!これすごく美味しいよ!」
そのメローネの反応に次々と賛同するメンバーたち。ギアッチョとイルーゾォは無言でひたすら食べている。それを見たプロシュートが、素直になりゃいいのに、と笑えば、うるせぇ、と返しながらも黙々と食べるギアッチョに、気に入ってくれているんだと名前は嬉しくなった。イルーゾォもぽつりと、おいしい、と言うので名前はパッと笑顔を浮かべる。それをみてギアッチョも本当に小さな声で、うまい、と苦々しく呟いた。それを聞いてリゾットを除く全員が笑い、ようやくその場の空気が柔らかく溶けていった。



いつもより賑やかな夕食を終え、後片付けをすべく名前はキッチンに再び立っていた。ガチャガチャと食器を洗っていく。
「少し構わないか」
いつの間にか隣に立っていたリゾットに驚いて食器を落としかける。なんとか強く握って落とさなかったことにホッとする。泡を洗い流して食器洗いを一時中断しようとすれば、続けてくれて構わないと言われたのでその言葉に甘えることにして洗い物を再開する。
「……久々に美味い夕食が食えた。グラッツェ」
わざわざお礼を言いに来たのかと目を見開いてリゾットを見つめる。しかしリゾットはそれを気にした様子もなく話を続ける。
「礼を言いに来ただけではない。これからのお前の行動についてもいくつか忠告をしに来た」
そういわれて、思わず身構えてしまった。優しい彼らの対応に少しばかり忘れていたが、名前は今、拉致されている状態なのだ。切り落とされそうになった左腕のことを思い出し、ギュッとその場所を握りしめた。一切の無表情で名前を見下ろすリゾットに今度は何をされるのかと、身を引いて相手を見つめる。
「部屋は最初にお前を入れていたとこだ。家事をしてもらうつもりだが、用事がないときはそこから出るな。それから見張りを必ず付けるから何かあればそいつらに言え。外出は一切許可しない。それと、」
キッと鋭くなった眼光にゴクリと喉を鳴らす。
「逃げたら容赦はしない」
それは、殺すということだろうか。あまりにも愚問な気がして名前には聞けなかったが、きっとそういうことなのだろう。大人しくしておけば、命は助かるということらしいから、人質にとることにしたのだろうと納得してみる。
以上だ、と告げるリゾットに何度も頷けば、リゾットはスッと目を細めて手を伸ばした。何をされるのかと体を強張らせれば、左腕の包帯の上をそっと優しく撫でる。
「……痕が残ってしまうだろう、すまない」
それだけ言って、そそくさと出て行ってしまった。一体全体何が起きたのかと固まっていたが、洗い物が終わってないことを思い出して、慌てて再開する。謝るときに見せたリゾットの苦々しい顔を思い出して、もやもやとした消化の悪いものが胸に広がっていく。どうして拉致までしているのに謝るのだろうか。彼らにも何か酷い事情があるのだろうかと邪推してしまう。
しかし考えても仕方ないので、手元に視線を落として気持ちを切り替える。とにかく、できることをすればいいだけなのだ。
「おい、名前」
「は、はいっ」
突然横から聞こえた声にビクリと肩を跳ねさせる。どうしてここの人たちは物音を立てずにそばに寄ってくるのかと思いながら、慌てて返事して振り返れば、プロシュートが立っていた。
「お、洗い物までしてくれてるのか。グラッツェ」
「あ、いえいえ!」
「それ終わったら、風呂入れってよ。洗い終わったら声かけてくれ」
「わかりました」
急いで洗い物を済ませようとすれば、慌てなくていいとプロシュートは笑った。しかし待っているとわかっていて急がないほど私は図々しくはない。迅速かつ丁寧に洗い物を仕上げて、慌ててリビングに駆け込めば、慌てなくて良いっつったのに、と頭を撫でられた。ついて来い、と言われて大人しく部屋を出るプロシュートに続いた。
「ここだ。明日からもう勝手に使ってくれていいが、メローネには気を付けろよ」
「はい、わかりました」
確かにそうだ、とくすくすと笑いながら返事をする。あとこれ、と渡されたものを見れば、バスタオルと着替えだった。下着まで用意されていてなんとも言えない気持ちになると同時に、疑問が浮かぶ。
「下着まで……」
「リゾットに言われてな。さっき俺とペッシが買いに行ってたんだよ」
そういえばげんなりとした顔で帰って来ていたなと思い出して途端に申し訳ない気持ちになる。グラッツェ、と言えば、ゆっくり温まってこい、とまた頭を撫でられた。



温まった体を真新しい夜着に包んで風呂を上がれば、リビングにはリゾットだけが座っていた。お水を貰ってもいいかと聞けば、好きに使うといい、と返された。簡単に出される許可に、どこまで自由にしていいのかと考えてしまう。そうして水を飲み終わっても立ちすくんでいたからか、部屋はそこだ、と言われてしまった。忘れていたわけじゃないけど、訂正するのも面倒だったから礼と挨拶だけ言って、その部屋に入った。
「あれ……?」
部屋にあるベッドとクローゼットに首を傾げる。確かこの部屋は何もなかったはずだ。怪訝に思いながらもクローゼットを開けば女性物の服がたくさん入っていた。綺麗に畳まれている服の上に一枚のメモ書きを見つけて手に取る。
――俺の趣味で選ばせてもらった。気に入らなければすまない
プロシュート、と最後に書いてあるのを見て、なるほどと思う。どうやらリゾットは下着や夜着だけでなく、着替えも買うように言ってくれていたらしい。そのついでに部屋にベッドとクローゼットを運び込んでくれたのだろう。随分と待遇のいいそれに、本当に拉致と呼んでいいのか悩んでしまった。しかしずっとそうしているわけにもいかず、ベッドに寝転がって枕元に置いてある時計を見れば、もうじき日付が変わりそうだったので、寝てしまおうと目を閉じた。
ようやく終わる波乱の一日を振り返って、再びため息を吐いた。しかし後戻りなどできるはずもないのだから、ここは覚悟を決めなければならないだろう。明日のことは明日考えるか、と襲ってくる睡魔に意識を手放した。



曖昧にわたしを浸食
(彼らはどんな人なの?)


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