抜き出した片足、 | ナノ
気持ちがいいくらいに晴れた青空の下、眩しく照りつける太陽に目を細めながら名前は洗濯物を干していく。こんな日はいい事がありそうだ。二人分の洗濯物を干しながら、少し寂しい気持ちになる。少し前までは三人分干していたのだ。一か月前――母のドナテラが亡くなる前までは。
名前は幼い頃、実の両親を流行り病で亡くし、仲の良かった近所のドナテラに引き取られた。血の繋がりも戸籍上の繋がりもない名前を、ドナテラは実の娘と同様に可愛がり育ててくれた。名前にとってドナテラは命の恩人であり、一生涯の尊敬する人物だった。
そんな彼女は一か月前、病死した。名前は途方もない悲しみに暮れそうになったが、今の自分はひとりではなく妹のトリッシュがいるのだ、となんとか気持ちを奮い立たせ、トリッシュの為に生活を工面すべく働きにもでた。トリッシュの存在は名前にとってとても大きいものだった。
気が付くと洗濯物はすべて干し終わっていた。今友達の家にいるトリッシュを思い浮かべて、今日は何時に帰ってくるのかなあ、と思いながら洗濯カゴを持って家に入る。あとは買い物に行って、晩御飯を作って。久しぶりの休日の予定を頭の中で組み立てながら廊下に繋がる扉を開けると、見知らぬ男が立っていた。予想だにしない来客というか不法侵入者に驚き、声を上げるのも忘れていると、いつの間にか男の姿が視界から消えて、後頭部に衝撃が走った。



ふと目を覚ませば、そこは倉庫のような無機質な場所だった。ぐるりと見渡してみても、何も置いていなかった。薄ら明るい気がして視線を上げると、鉄格子の嵌った小窓が見えて、どうやら誘拐されたらしいことに気が付いた。慌てて出口を目で探せば、鉄製の無機質な扉が一つだけ端っこに見えた。鍵はかかっているだろうか、などと考えていると、突然その扉が開くものだから、驚いて息が詰まった。
「お、目ェ覚めたか」
そういわれて改めてその人物をまじまじと見る。髪は短く、不思議な剃り込みの入った男だ。見たことのない男に眉を顰めると、続いてまた見知らぬ男が入ってくる。髪を後ろで綺麗に結わえたその男は、モデルでもしているのかと思うほどの美形だった。その男は扉の向こうを振り返ると、おい、と短く誰かを呼ぶ。そして入って来た男は、やっと見覚えがあった。住居不法侵入のあの男だ。
「少し、質問をさせて貰うぞ」
今まで聞いたこともないような冷たい声だった。真っ黒い目に射抜かれて喉が引っ付く。ひゅっ、と音にならない息が出た。扉を閉めると男はコツコツとこちらに近寄ってくる。残りの剃り込みの男と美形の男は扉の前からこちらの様子を伺っていた。
「お前の父親について、覚えていることはあるか?」
唐突に繰り出されたその質問。よく意味が分からず、もう一度ゆっくりとその言葉を咀嚼する。私の、父親?そんなことを聞いてどうするのかと思いながらも、ぱさぱさに乾いた口を開く。
「私、の父は、ずっと前に死にました」
「いや、死んでいない。生きている」
その言葉に名前は目を見開く。そんなはずはない、だって彼は私の目の前で母と一緒に苦しそうに息を引き取ったのだから。ありえない、そんな期待させるような、夢みたいな嘘を吐かないでほしい、とばかりにキッと睨みつけた。
「生きてるはずがありません……!父は、私の目の前で母と一緒に息を引き取ったんだから!」
「母と……?待て、お前の母親は一か月前に病死したのだろう?ずっと前に死んだ父親と一緒に息を引き取ったとはどういうことだ?」
荒げた名前の言葉の中の一つを拾って、男は顔を思いっきり顰めた。そして突然ハッとすると私の目の前に座り込んだ。
「お前は、トリッシュ・ウナではないのか?」
「トリッシュ?……妹に、何の用?」
「妹、だと……?」
愕然として、目の前の男は目を見開いた。成程、この人たちの狙いはトリッシュだったのか。謎は解けたが、これは私、まずいんじゃあないだろうか。
「おいおい、人違いかよ?」
「……チッ、そのようだ」
後ろに立っていた剃り込みの人が驚いたように目の前の男を見る。美形の男も呆れたようにしていたが、ふと思いついたようにふらふらと近づいてきた。
「なあ、バンビーナ。じゃあ妹の居場所を教えてくれ」
これまたギラリと鋭い眼光だった。心臓を掴み上げられたような威圧感に思わず眼を逸らす。残りの二人もこちらに近づいてきた。
前言撤回だ。今日はどうも、悪いことがありそうな日だ。



はじまりの深呼吸
(吸って吐いて、)
(物語は幕を開ける)


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