抜き出した片足、 | ナノ
深く沈んでいた回想から思考を引き上げる。あの時から一向に目を覚ます気配のない名前は、日に日に痩せているように思う。ただでさえ細いと思っていたその体がさらに細っていくのは、あまりにも可哀想で。
「名前……」
いつ目を覚ますのか分からない名前はまるで眠り姫のようで、幾度となくキスをすれば目が覚めるんじゃないかなんて考えたりもした。そっと唇を寄せるけれど、その度にオレなんかが王子様なんてと、結局何もせずに手を伸ばさなければ彼女に触れられない距離に置いてある椅子に戻る。むしろオレは彼女を眠らせた魔女なんじゃないだろうか。ああ、どうかこの魔法を解けないものか。そう馬鹿げたことを考えながら今日も彼女の手を握ると、優しい口調で語りかける。どうか彼女に届きますように。

なんだか音楽のような耳障りのよい音が聞こえてきて、意識が浮上するのを感じた。大分深いところに居たみたいで、一番上まで浮かびきるのに時間が掛かったような気がする。そしてその途中で気が付いたのだけれど、音はどうやら音楽ではなく、誰かの話し声のようだ。しきりに優しく誰かに話しかけている。一人で語っているだけのようで会話として成立していないように思われるそれが、自分に掛けられている言葉だと気付いたときに、視界が一気に開けた。見えたのは真っ白い天井で、いつかのデジャヴを感じた。
「っ、」
誰かが息を呑むような音が聞こえて、そういえば誰か私に話しかけていたんだと思い出す。音の出所を 探るように目を動かす。そしてその人の顔を視界に入れるよりも先に、無意識に私は声を掛けていた。
「りぞ、と……?」
次いで視界に捉えたその人は、相当に驚いている様子だけれど間違いなくリゾットで。ああ、私ももしかしたら後を追ったのかしらと思った。けれどまた会えた喜びに頬を緩ませると、左手に強い圧力を感じた。死んだ後の世界でもこんなにも感覚がはっきりしているのか、と思った瞬間に彼の背後の扉が開いてジョルノが顔を覗かせた。え、ジョルノまでどうしてここに居るのなんて思っていると、私を一瞥するなり彼もまた驚いたように目を見開いた。彼は慌てたように、振り向いて医者を呼ぶ。そういえば私、どうしてこんなことになっているの。
やって来た医者たちにリゾットは追い出されて、検査が始まる。初めて見る機械たちにおどおどしながらも彼らの質問に答えていく。何これ、まるで私病人みたいじゃない。そして長い長い診察が終わったらしく、白ずくめの彼らは出て行き、代わりに見覚えのある顔がぞろぞろと入ってくる。暗殺チームも勢揃いではないか。誰よりも先にきたリゾットは、ベッドに腰掛けて驚く私を強く抱きしめた。
「よかった……!」
そう言ったきり、ぎゅうぎゅうと抱きしめたまま、肩を震わせて黙ってしまう。息が詰まりそうなほど強い抱擁とその切羽詰った声は、胸の奥をぎゅうっと締め付ける。どうして、皆そんなに泣きそうなの? 混乱が深まっていく中で、目の合ったジョルノが柔らかく目を細めた。彼の瞳も、心做しか潤んで見える。
「状況説明、しましょうか」
「……はい」
ジョルノに促されリゾットは抱擁を解くと、隣に座ってそっと私の頬を撫でた。それを合図にジョルノは簡単に事の経緯を話してくれる。話を聞くに連れて、私は目を大きく見開くことになる。そして、横から優しく見つめるリゾットに視線を移す。先ほど彼がしたのと同様にそっと彼の頬に指を這わせれば、柔らかく微笑んで手を包み込むように握り締めてくれる。
「本当に、生きてる、の……?」
「ああ、確かに」
そういって私の手を彼の胸へと押し当てる。そこは力強く脈打っていて、生きていることを手を伝って教えてくれた。ぽろりと、自然と涙が零れた。ひとつ落ちると次から次へと止まることなく流れていく。目を開けているのが辛くなって、ぎゅっと目を閉じると後頭部に手が回されて引き寄せられる。そのまま彼の腕の中に縋り付くように擦り寄ると、なんとか戦慄く声を絞り出した 。
「よかった……!」
「さっきも言ったが、それはオレの台詞だ。グラッツェ」
旋毛あたりに柔らかい熱を感じると同時に、周りから次々と声が掛けられる。目が覚めてよかったと笑うホルマジオ、よく寝てたじゃねーかなんて茶化すプロシュートに目に涙浮かべてよかった、本当によかったと繰り返すペッシ、寝すぎなんだよといつとと変わらず怒鳴るギアッチョ、嬉しいと喜ぶイルーゾォに、これからまた一緒だと手を叩くメローネ、それから久しぶりだななんて笑うお兄ちゃんたち。あまりにも暖かい歓迎にどうやったって涙は止まらなくて。ジョルノの横でそっと笑顔をくれたのはトリッシュで、まるで春の木漏れ日みたいに暖かなそれは、うまく頭の回らない私にそっと悲劇の終わりを教えてくれた。なんとか微笑み返そうと顔を上げれば瞼の上をリゾットの唇が掠める。啄むような仕草で涙を拭って、それから私のほっぺを優しく両手で包んだ。そのまま額を重ねて、目を閉じると彼はそっと囁いた。
「おかえり、名前」










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