抜き出した片足、 | ナノ
とある部屋で、大柄の男が一人の美少年の前に跪き、その手の甲に唇を落として忠誠を誓っていた。その近くでは一人の青年が窓を開け、窓の傍らには亀もいた。そのとき、ちょうどノックの音が響き、開かれたドアから黒髪のおかっぱの青年が顔を覗かせた。
「ジョルノ、ちょっといいか」
ジョルノ、と呼ばれた少年は頷き、たった今部下となった男とその取り巻きを引き下がらせた。それと入れ違うようにしておかっぱの青年――ブチャラティが部屋へと入ってくる。
「随分と様になっているな」
「そんな言葉、よしてください。それで、どうしましたか」
「ああ、リゾットから報告書が上がった。奴らを親衛隊にしたのは正解だったな」
「もともと彼らはとても賢く優秀な人材ですからね。暗殺チームで終わらせるにはとても勿体ない」
沈黙が落ちて、受け取った報告書をジョルノはパラパラとめくっていく。特に問題がないことを確認してチラリとブチャラティに視線を寄越した。
「リゾットは、また彼女のところですか?」
「……ああ。仕事の時以外は、リゾットはあそこから離れない。今にもリゾットが倒れそうな勢いだ」
「そうですか……。はやく、名前が目を覚ませばいいんですが」





カーテンを閉め切った暗い部屋の中、リゾットは死んだように眠る名前を見つめていた。どれだけ願っても祈っても、名前はぴくりとも動かない。少し前までは熱に魘されることもあったが、その熱さえ引いてしまった今、どんな物音にも衝撃にも一切反応を示さない。本当に死んでしまったんじゃないかと不安も膨れ上がっていく。毎日ここに来ては後悔と自己嫌悪に苛まれて動けなくなってしまう。自分の行動がどれほど周りに心配をかけているかはわかっているけれど、それでもやめることができない。
「名前、」
小さく名前を呟いても、それは部屋にぽとりと落ちるだけで意味をなさない。白い肌を指先で撫ぜれば温もりを確かに感じて、その体温をしっかりと捕まえるように小さな手を強く握りしめた。




体が浮くような感覚がして、意識が戻ったあの時、目の前にはトリッシュとブチャラティたちがいた。さらに首を動して周りを確認すれば、自分のチームのメンバーが全員揃っていた。ソルベと、ジェラートまで。ここが地獄なのかと、一瞬疑ったけれど、こちらを睨んでくる奴らから放たれる殺気の感覚は生きている感覚そのものだった。どういうことかと問う。暫らく膠着状態が続いて、どう動くか考えていると不意にトリッシュが叫んだ。
「名前!」
その言葉に驚いて彼女の駆け寄る先に視線を移せば、そこには確かに名前の姿が。何故ここに、と言いかけた言葉は喉元で引っ掛かる。床に蹲る様に倒れて呼吸を荒くする姿はあまりにも苦しそうで、一瞬で頭が真っ白になった。
「名前……!?」
どうやら驚いたのはオレだけではなかったらしく、全員の声が重なって響く。何も理解も納得もできていないが、それでも名前が危険な状態だというのだけは分かる。慌てて駆け寄って、トリッシュからひったくるようにして抱える。
「名前、おい、返事をしろ!」
切なげに眉を寄せて苦しそうに喘ぐ姿に、恐怖に近い感情が沸き起こる。どうしてこんなにもつらそうなんだ、なにがあったんだ。そうだ、オレが眠っている間に一体何があったんだ!
睨みつけるようにジョルノたちに目を遣るが、奴らの顔にも焦りばかりが浮かんでいてどうも奴らのせいではないらしいことがわかる。じゃあ、何が起きてどうなっているんだ。
「暴走デス」
「は、」
突然耳元で聞こえた声に驚いて顔を下げれば、間近に見たこともないスタンドの顔のドアップがあった。一瞬顔を引くが、ジョルノがそれは名前のスタンド、と呟いたのが聞こえてスタンドをまじまじと見つめる。これが、名前の……?
「今てめーなんつった?」
ミスタがスタンドに突っ込むのを聞いて、そういえば何か言っていたことを思い出す
「彼女ハ今、スタンド能力が暴走ヲ起コシてイマス。ソれ二彼女ノ体ガツイテイッテイナい」
「なっ、そんなことってあんのかよ!」
「彼女ハマダ未熟デス。決しテ起キテモ不思議なコトジャアナイ」
そういって愛しげに名前に手を添えたスタンドを呆然と見つめた。労うように体を撫でる手は、名前と同じように柔らかな優しさを帯びている。
「名前、は、死ぬのか……?」
ナランチャが絞り出すように言った言葉に心臓が竦みあがった。名前が、死ぬ? 脳内で繰り返せば、一気に血が凍りつくような感じがした。
「ワカリマセン。タだ、彼女ノ体力ガ持タナケレバ或イハ……」
その言葉に目の前が真っ暗になる。名前と一心同体であるスタンドの言葉は、思ったよりも深く心に沈み込む。水を打ったように静まり返った部屋に、息を飲む音が響いた。名前を抱く手に力が入る。
「まだ、名前は死んでいない。どうすれば、一番いい?」
口を開けば思ったよりも冷静な声がでた。それに少し落ち着きを取り戻してスタンドを見つめる。スタンドは名前に視線を遣ると、縋り付くようにして名前に寄り添った。
「絶対安静、デショウ。彼女ニドウカ、安ラぎヲ」
それだけ言って、スタンドは名前に重なるようにして消えて行った。絶対安静、と呟く声が聞こえて顔を上げれば難しそうな顔をしたジョルノと目があった。
「リゾット、僕から提案があります」
腕の中で一つ、名前が熱い息を吐いた。



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