抜き出した片足、 | ナノ
目を覚ますと、真っ先に白い天井が目に入った。それからぐるりと視線を回せば、点滴やらカーテン、窓などがあって、病室もしくは医務室と言えばしっくりくるような場所だった。意識がなくなる前のことを思い出して、もしかしたらあの騒ぎの近くだったから同じように病院に運ばれたのかもしれないと考えて、一気に気分が沈むのが分かった。どうして、あの場所で死ねなかったのだろう。そうすればトリッシュに会えなかったことや、結局自分が役に立たなかったことを今こうやって悔やまずに済んだのに。一度目が覚めてしまえば、自ら命を絶つ勇気などそこにはなかった。体を起こせば、少し鈍い痛みが走ったが、どうやら擦り傷がところどころあるだけのようで外傷などほとんどなかった。そりゃそうだ。私は彼らの戦禍を辿っただけなのだから。
どろどろと暗い思考を巡っていれば、がちゃりと音がして意識をそちらへ動かした。そこには、トリッシュが立っていた。一瞬何が起きたのかわからなくて、もしかしたら幻覚まで見るほどひどい精神状態なのかと納得しかけた。けれどそれは、涙を浮かべながら走り寄って抱き着いてきた、その衝撃によって現実であると思い知らされた。私に縋り付くようにして涙を流すトリッシュに呆然としていると、開いたままのドアから、金髪の綺麗な男の人が入って来た。個性的な前髪をしているが、それでも整った顔がそのスタイルを許していた。
「目が、覚めましたか」
とても澄んだ声でそう問いかけてくる彼に、何と答えたらいいのかと迷っていれば、トリッシュが見ればわかるじゃない、と返した。それもそうですね、と笑ったその人も私のいるベッドへと近づいてきた。
「トリッシュ……?どうして、ここに?ここはどこなの?その人は誰?」
混乱している頭は、矢継ぎ早に質問を口に出させた。軽いパニックのような状態でトリッシュの服を掴めば、それをやんわりと解くようにトリッシュが優しく手を重ねてくる。久しぶりの彼女の体温は、以前と全く変わらない優しさを持っているように感じた。
「落ち着いて、名前。彼の名前はジョルノ。倒れていた名前を、ここ、ジョルノのアジトまで運んでくれたの。それに彼はつい先日まで私を保護して護衛してくれていた命の恩人よ」
ゆっくりとした口調で、質問すべてに答えたトリッシュは宥めるように頭を撫でてくれた。だいぶ落ち着いて、その言葉一つ一つを咀嚼するようにして、何とか理解する。今までの話や、トリッシュが無事でいること、それからリゾットたちが言っていたことをいろいろ考えて、納得する。そうして出てきた答えを質問としてまたぶつける。
「じゃあ、リゾットたちが言っていたトリッシュを連れて行った人たちは、その、ジョルノさんたちなの?」
その問いに、一瞬何とも言えない表情をしてから彼女は頷いた。そして横でジョルノさんは、やはり……、と呟いている。何か合点がいったようで、こちらに目を合わせて柔らかく表情を崩してくれた。
「はじめまして、名前さん。トリッシュのお姉さんですよね?」
「はじめまして。はい、トリッシュのこと、守っていてくださったようで……ありがとうございました」
頭を下げながら礼を言えば、彼は優しく頭を上げるように促してくれた。けれど頭を上げた時にかち合った彼の目には、鋭い光りが宿っていた。
「いくらか、質問があります。構いませんか?」
「どうぞ」
どうにもトリッシュは彼に心を許しているようだし、私も今現在トリッシュの話によればお世話になっているみたいなので断る理由など何もなかった。なんとなく、質問されることは分かっている。トリッシュと居た彼らと、私と居たリゾットたちは、対立していたのだから。
「貴女は、リゾットたちに捕まっていたのでしょうか?」
「……そうなんですけど、少し違いますかね」
訝しげな顔をするジョルノさんとトリッシュに、どう説明すべきか一瞬逡巡したが、素直に全て話すことにした。最初は拉致されて拷問に近いような扱いを受けそうになっていたこと。だけど彼らの同情故か何かはわからないが、扱いは軟禁程度だったこと。それなのに気を遣って外に出してくれたりしたこと。時々自分で話していて可笑しかったり、懐かしかったりして笑いそうになった。もしかしたら口元は緩んでいたかもしれない。それから、彼らが優しかったことや、リゾットと交わした約束、私がコロッセオ横に倒れていた経緯までをすべて話し終わった時、声が少し枯れていたからだいぶ長いこと話していたようだ。そして、無言でそっとハンカチを差し出してきたジョルノさんに、いつの間にか自分が涙を流していたことに気が付いた。
「ぼくが知っている彼らはとても残忍で、貴女が言っているような姿はそうぞうできませんね」
「そう……でしょうね、私もときどき見る彼らの目には、恐怖を感じることもありましたし。仕事や、そういったことに関しては冷酷だったかもしれません。それでも、私が知っている限りでは本当に優しかった」
そう言って無意識に握りしめた胸元に、堅いものが指に当たった。リゾットからもらった指輪だ。それを思い出して、またぽろぽろと止め処なく涙が溢れる。それまで黙って横に座っていたトリッシュが、優しく抱き締めてくれた。その胸にすがるようにして、会いたい、リゾットたちに会いたい、と嗚咽交じりに吐露するがそれが何の意味もなさないことも知っている。絶望に絶望を重ねたとて、何も変わらないのに、なんて自嘲気味に心で笑えど涙の量は増すばかりだった。そんなとき、予想もしていなかった言葉が耳に届いた。

「会いますか、彼らに」



咲かない言葉でもいい
(あいたいな)


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