抜き出した片足、 | ナノ
ぱたりと音を立てて閉まった扉に、どうすることもできずにただ涙を流し続けた。どうして、どうして私はこんなにも無力なの。どうして彼らの役に立てる力を、私は持っていないの。どれだけ自己嫌悪をしたところで何も変わらずに、ただ少しずつ朝が近づいてくるだけだった。泣いてる、場合じゃない。リゾットはなんて言ってたっけ。この家から私の痕跡を全て消せ、だったかな。
ぐるりと家の中を見渡す。リビングにはいつの間にか、私のものが少しだけあった。ペッシが買ってきてくれたカメラで撮った皆の写真がホルマジオがくれた写真立ての中にあって、プロシュートが私の手が荒れ始めたのを気にして買ってきたハンドクリームもキッチンのシンクの上に見えた。それから暇なときに、ってリゾットが気遣ってくれた本も置かれている。それから、それから。
探せば探すほど、彼らとの生活の痕が見えてきて止まりかけていた涙は、再びぼろぼろと目からこぼれ落ちる。また皆と会いたい、遊びたい、お喋りしたい。イルーゾォが鏡から出てきても驚かないし、ギアッチョが突然キレても怯えないし、メローネの変態話……は少し遠慮したいかな。けどなんだっていいから、もう一度、もう一度だけで構わない。彼らに文句を言って、思いっきり怒って、それから精一杯の感謝を伝えたい。それだけのためでいいから、会いたいの。
そんなふうに、泣きすぎて頭痛すら訴え始めた頭で思った瞬間、するりと体に何かが巻きつくのを感じた。びくりと体を震わせて固まる。けれど不思議と怖くなかったのはその腕が優しかったからなのかもしれない。
「だ、誰……?」
「怖ガラナイデ。ワタシハアナタ」
「あなたって、私?」
「ソウ……、アナタが幼イ時カラズット見テイタ……」
優しい手が私の体を包んで安心させるようにぎゅっと力が籠められる。振り向けば、そこには少しだけ体の透けた人型の何かがいた。目が合うとそれは、そっと前方にある写真を指差した。どうしたのかと首を傾げればもう一度そちらを見るように促された。
「アレガ手元に近付クヨウ二念ジてクダサイ」
柔らかく、けれど有無を言わせない口調でそう言われて、言われた通りにしてみる。すると突然写真がじりじりと動いて、ふわりと宙に少し浮いたかと思うとゆっくりと私に向かって飛んできた。驚きながらもその写真をしっかりと受け止める。
「コレがアナタの能力、物体ヲ引キ寄セマス」
「物体を、引き寄せる……?」
「ハイ。前カラ少シだけ無意識に発動サレテイタノデスガ、リゾットタチと会イタイト強ク願ッタ今、ワタシが明確二現レルコトガデキタノデス」
そう言って彼女は私を抱きしめる腕を解いて、そっと隣に立った。彼女はもしかしたら、前にリゾットたちが言っていたスタンドというものなんじゃないだろうか。だとしたら彼女は私の精神力。前にプロシュートがスタンドの強さは精神力の強さによって変わると教えてくれた気がする。そろりと腕の中にある写真を見下ろせば、そこには表情はそれぞれであれ楽しそうな姿が八つ、並んでいた。この瞬間が、また見たいの。
一度目を閉じて上を向けば、少し彼女は笑っているように見えた。これが本当に私の精神力なら、案外私は丈夫なのかもしれない。
「アナタの心ハ決マッテイルハズ。ワタシに命令シテクダサイ」



それから私の行動は早かった。することが決まれば意外とすんなり動けるもので、時間はそんなにかからなかった。一通りスタンドについての説明を彼女、アッティラーレにしてもらって、一度家に帰った。久々に帰った家は埃だらけで、暫らく人がいなかったことを語っていた。自分のおこづかいにと溜めていた貯金を持って、他にも必要なものを鞄に詰めて、最後に写真を一枚だけ入れて、家を出た。



最初に向かうのは、お兄ちゃんたちのお墓だ。リゾットが大まかな場所を教えてくれていたので、墓場についてからそっと能力を使ってみる。相手を自分に引き寄せるか、自分を相手に引き寄せるかはコントロールできるみたいで、体が引かれるままに進んで行けば、大好きな二人の名前が掘られた石が二つ仲良く並んでいた。その間に来る途中に買って来た花を置いて笑いかける。久しぶりです、私は元気ですよ。けど今から大丈夫じゃないかもしれない。お兄ちゃんたちの仲間は、暖かい人たちだから私も大好きになっちゃったの。たくさん言いたいことはあったけど、手短に済ませて立ち上がる。それからもう一度笑って見せた。
「行ってきます」
心配そうに狼狽えるお兄ちゃんたちが見えた気がした。



その後はもう一度アジトに戻った。今から皆を迎えに行くんだから、皆が最後にくれたプレゼントを持っていこうと思う。私専用にとくれた部屋に入って、それぞれのプレゼントを確認していく。ホルマジオの髪留め、イルーゾォのぬいぐるみにギアッチョのキーホルダー、メローネのブレスレットとペッシの帽子。プロシュートの靴は玄関にあるから後で履いていこう。それから、
「リゾット……」
いつの間にか私のベッドの枕元に、すまない、と書かれたカードと一緒に置かれていた縦長の箱。それを開けてみれば、可愛いシルバーリングを通したネックレスが入っていた。その鮮やかな銀色はリゾットを彷彿とさせて、また私の涙腺を弱くした。泣いちゃ、いけないの。少しうつむいてからいそいそとプレゼントを身に着けていく。
鏡の前に立ってみれば、頭の先から足の先まで皆からの贈り物に飾られていて、なんだか皆に包まれている気がした。それが嬉しくて、少しだけ笑うと玄関へと足を運ぶ。途中私のものがいくつか視界に入ったけれど、片付ける気なんてさらさらない。リゾットは私の痕跡をすべて消せなんて言ったけれど、冗談じゃないよ。リゾットたちは私の大切な人で、その繋がりを自分から消すなんて、私にできるはずもなかった。
がちゃりと扉を閉めて、空を見上げると思いっきり息を吸った。まだ朝早いというか夜が明けてすらいない空は、とても綺麗で、最高の出発なんじゃないかと思った。



胸に不滅の星を抱いて
(今から会いに行くよ)
(だからその命を抱えて待っていて)


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