抜き出した片足、 | ナノ
ふと起きなければならないような気がして目を開ける。寝起きでまだ霞む視界に、ぼんやりと人がいるように見えた。
「起きたのか」
「りぞっと……?」
呂律の回らない舌でそう尋ねれば、優しく頭を撫でられて、ああ、と返事が返ってきた。その優しい手に触れようと手を持ち上げようとしたが、何かに邪魔されて動かない。眠い目を瞬かせながらそちらを見れば、しっかりとリゾットの手と繋がれている自分の手をあった。それによって一気に覚醒へと向かっていく脳でリゾットを見上げれば、いつにもなく、その顔は強張っていた。
嫌な感覚が胸を撫でて、のそりと体を起こす。膝枕と睡眠に付き合ってくれたことに礼を言って、握られたままのリゾットの手をぎゅっと握り返した。時計を見れば、眠ってから三時間も経っていた。慌てて足は痺れていないかとかごめんなさいだとか言っていればそっと手が伸びてきて私の頬に触れる。
「名前」
「な、に……」
「お前に言っておかなければならないことがある」
薄暗い中からこちらを見つめる深い闇は真剣そのもので、先程のように軽い言葉を投げかけて誤魔化すことはできなかった。その目がこれから彼が告げることを予測させて、私は目を閉じながらそっと頬に添えられた手に、私の手を添える。頬を伝う涙が、その手を冷たく濡らした。
「オレも、今から向かわなければならない」
「!」
「それでだ。どう転ぼうが今日中に結果は出るはずだ」
「……」
「……もし、今日中にオレが戻らなければ、このアジトからお前の痕跡を全て消して、家へ帰れ」
「え……?」
オレたちと関わっていたということは、隠しておくんだ。
そこまで言って、リゾットは私の頬を優しく撫でて手を強く握りしめると、悲しげに目を逸らしてそっとソファーから立ち上がった。その背中が私を拒絶しているようにしか見えなくて、立ち上がると縋るようにその背中に言葉を投げつけた。
「や、やだよ!」
「…………」
「皆を待つの!皆が帰ってくるのを待つの!」
「……」
「トリッシュを、ここに連れ帰るって、約束したのに……」
「っ、」
返ってこない返事に尻すぼみになっていく責めるような言葉。最後は地面に落とすようにこぼれ落ちたけれど、それに反応したリゾットは振り返って、私を強く、強く抱き締めた。詰まる息の中、首筋に掛かる苦しげな呼吸を感じた。
「すまない、約束は、きっと果たせない」
その言葉は今までの何よりも心を深く抉って、何よりも聞きたくなかった。左腕を切り落とされそうになった時でさえ、こんなに痛くはなかった。口から心臓を吐き出したいほどに、この心は痛みを訴える。それは私の思考から動きから、すべてを奪ってそこに存在している。ぼろぼろとこぼれ落ちる涙は先程流したそれの比ではない。このまま体中の水分がなくなるんじゃないかと言うほどには酷い量だった。
「トリッシュは、必ず無事にお前のもとに返すから、待っていろ」
「……それなら、皆も無事に戻ってきてよ」
ぼやけてほとんど何も見えない視界でリゾットを見上げるが、彼は黙って目を逸らした。何も聞こえなかったかのように別の話題をふる。
「ソルベとジェラートの墓がこの先の墓地にあるんだ。できればこれからオレたちの代わりに見舞ってやってくれ」
それなら一緒に、と言おうとした言葉は、見たことのないリゾットの表情に遮られた。あまりに悲しそうに儚く、けれどしっかりと何かを決意して微笑むその顔は、私に有無を言わせなかった。
「じゃあ、行ってくる」
そっと額に落とされた口付けはなかなか離れなくて、彼の心をそっと見せてくれたような気がした。それからまだ涙を流す眦に、鼻先に、頬に、口の横に、と落とされるキスは確実に唇に近づいていたのに、彼は最後に私のそれを指でなぞると、何も言わず、そっと笑んで離れていった。
少しだけ、唇にしてくれることを期待していたのに、結局彼は一度もそこには触れることなく、出て行ってしまった。残された私は、ただひとり、静かに存在を燻らせていた。



やさしい嘘しかつけないひと
(これからどうするなんて)
(実は決まっていたりして)


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