抜き出した片足、 | ナノ
リゾットを迎えて全員揃ったこの空間にピリピリとした空気が流れて、私がここに来たばかりのころのような空気に息が詰まりそうになる。この空気が自分に向けられたものではないという点では、あの頃とは違うけれど。ちろりと目だけで全員の顔を見回して、吐きそうになったため息を慌てて飲み込む。
トリッシュはボス側の手に落ちてしまったらしい。そして彼女はきっとボスのところへ行くために部下の誰かの護衛の下、これから行動するのであろう。それは彼女と再会するためにはその誰かとの戦闘を避けられないということで。そこまで考えたところで再び無意識に吐きそうになったため息は、ギアッチョが椅子を苛立たしげに蹴り飛ばしたことによってもう一度肺の中に戻っていった。派手な音にびくりと体を震わせた私に気が付いたプロシュートが咎めるようにギアッチョの名を呼ぶ。
「大丈夫かい?」
いつの間にか横にいたペッシが、優しく問いかけながらカプチーノを渡してくれて、心底心配そうにこちらを見るペッシになんとか作った笑顔で答えながら受け取る。一連の流れを見ていたホルマジオが微妙な顔をしていたから、どうもうまく笑えていなかったらしい。
「……すまない」
ようやく口を開いたリゾットはただ一言苦々しく呟いて、一度全員の顔を見回し、最後に私を映してから悔しそうに俯いた。リゾットが悪いわけではないと思う。トリッシュが逃げるのが上手で、そしてボスの使いの方がほんの少し先に、トリッシュを見つけてしまっただけなのだ。そこが大事なのだけれど、決してリゾットだけが責められる話ではない。
「……ううん、私がもっと早くトリッシュの場所を、」
「それでも協力する必要のないお前は教えてくれたんだ。昨日聞いてからすぐにでも行動に移すべきだった」
血が滲むほどに唇を噛み締めて、リゾットが絞り出すようにそう言った。
「おいおい、今は誰のせいとか言ってる場合じゃあねェだろうよ」
一番余裕があるように見えるプロシュートが呆れたように言えば、その言葉に俯いていた全員が顔を上げた。まるでお通夜みたいだ、なんて少し笑いながらプロシュートが続ける。
「何はともあれトリッシュを連れ戻せばいいわけだ。なら、することは決まってんじゃあねェのか?」
挑発的に、そして励ますようにプロシュートはリゾットを見る。それを見つめ返していた無表情が、少し柔らいだ気がした。
「……そうだな。奪い返すまでだ」
「そうだぜリーダー、うじうじしてる場合じゃない!」
どこかうきうきした様子でメローネが声を上げる。そういえば、彼らの仕事はそういう分野だったっけか。戦いは、彼らにとって楽しいものなのかもしれない。
「名前、絶対にトリッシュを連れ戻してやるよ」
イルーゾォが、約束は守るつもりだと優しく笑う。今度は無理矢理ではなく自然と浮かんだ笑顔にリゾットがホッとしたように息を吐いた。
「それじゃあ悪いが、名前は部屋に戻ってくれるか?」
「うん」
リゾットの言葉に頷いて、大人しく部屋を出る。きっと作戦でも練るのだろうから私がいると、満足に情報を話せない。部屋に入ってベッドに横になり、ぼんやりと天井を眺めればさまざまな感情が胸を巡る。その中で一番色濃く存在を主張しているのは、恐怖だ。
もしかしたら誰よりも私が恐れているのかもしれない。大好きなお兄ちゃんを殺した、大好きな彼らの大嫌いな、大好きな妹の父親という存在に。
そっと目を閉じると、体が震えていることに気が付いた。彼らは優しいから、自分が傷ついてもトリッシュを傷つけない方法を選んで戦うのだろう。それも、怖い。これから起こることは、全部私にとって怖い事ばかりのような気がする。はあ、とようやくため息を吐けばリビングのほうから小さく声が聞こえてきた。いつかもこんなふうに聞こえたな、と少し耳を澄ます。どうやら話はまとまったようだ。
「きっと、ポルポだろう」
聞いたこともないような怖い声で、リゾットが呟いた。



探しものなら目を閉じて
(彼らまで失うことが、)
(今は一番怖いかもしれない)


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