抜き出した片足、 | ナノ
リビングのソファに座ってぱらぱらとイルーゾォが貸してくれた本を捲る。部屋で読んでもいいのだが、最近は部屋に籠っていると何かとリビングに引っ張り出されてしまうのだ。おかしい。ここに連れてこられた初っ端に、部屋に籠っていろ、と言った張本人が今名前の隣に座って、部屋に戻るのを許さないとばかりに本を読みながら見張っているのだから仕方がない。
「ねぇ、リゾット、」
「なんだ?」
「私、部屋に居なくていいの?」
「ああ。こっちのほうが監視が楽だからな」
「……」
そりゃそうなんだろうけども。まあ、いいか。
もう気にしないことにして本には目を戻さず、ふと外に目を向ける。空は、気持ち良いくらいの快晴だった。本を閉じてローテーブルに置いて、窓に近寄る。後ろからの視線を感じながら、久しく触れ合っていない街並みを目に映した。そういえば外に出なくなってどれくらいたったのだろうか。大方一、二週間だと思うけど、日付だけでも付けておけばよかった。
「名前」
リゾットに呼ばれて振り返れば、ちょいちょいと手招きされる。目の前まで歩み寄れば、ぐいっと手を引かれて隣に座らされ、するすると指を絡め取られた。どういうことかリゾットは約束したあの日から、妙に引っ付いているのが好きになったような気がする。昨日はついにホルマジオからデキてんのかお前ら、と突っ込まれてしまったほどだ。名前としては心臓に悪いのでやめてほしい所だが、嬉しい気もするのでどうにも拒みきれない。赤くなる顔を隠しながら、どうしたの、と聞けば目の前に雑誌を差し出された。
「お前の好きなものを選べ」
たまにリゾットは無口すぎる。唐突に振られた話題には主語や明確な目的語が抜けていたりするのだから、全く理解が追い付かない時があるのだ。どういうことかと聞けば、服が少ないだろう、と帰ってきた。手渡された雑誌に目を向ければ、なるほど、服のカタログだった。確かに名前が今持っている服は、最初に名前が来ていた服と、後はプロシュートが買ってきてくれた服だけだ。その三着ほどを着回ししている状態である。けれどそれで別段、困っているというわけではない。むしろ悩む手間も省けるし、プロシュートの選んできてくれた服は可愛くて機能性もいいから何の文句もない。
「大丈夫だよ」
カタログを閉じてリゾットに返すが受け取らずに顔を顰めるから、困ってしまった。
「遠慮しなくていい」
そういってまた雑誌を突き返してくる。ぱらり、と捲れて見えたページには、名前好みの服が載っていて、少し口籠ってしまう。興味がないわけではないのだ。
「けど、」
「一着でも構わない。お前は遠慮しすぎなんだ」
そこまで言うとリゾットはカタログを無理矢理名前に持たせて、夜までに決めておけ、と言うと楽しそうに雰囲気を和らげながら部屋を出て行ってしまった。別に遠慮しているつもりはないが、ここまでされたら断る方が悪い気がしてくる。仕方なく名前はひとりになったソファに座りなおして、ぱらぱらとカタログを捲っていった。



「よぉ、リゾット。随分と楽しそうだな」
リゾットはリビングを出たところでホルマジオに捕まった。ニヤニヤと楽しそうに笑う坊主頭は、どうやらずっと覗いていたらしい。
「そんなに他の男が選んだ服を着ているのは不満かよ」
「……だまれ」
図星を刺されてグッと詰まりながら、部屋に逃げるように戻る。あからさまなその態度にぷはっ、と吹き出したホルマジオは名前を茶化しにリビングへと入って行った。妙にホルマジオは鋭いのだ。リゾットの名前への気持ちに最初に気づいたのもホルマジオだった。溜め息を吐きながらベッドに腰掛ける。机の上に置かれたトリッシュと名前の写真を見つめる。先日名前の家に捜索に入った時にトリッシュを探すために持ってきたものだ。それを見て、言いようのない焦りが胸に募る。
「いつか、離れる時が来るのに、な……」
そう。リゾット達の目的は、ボスから縄張りを奪うこと、もしくはボスを潰すことなのだ。その目的の中に、名前の姿はない。だからこそ、この想いが辛いのだ。たとえ地位を奪ったところで、自分はギャングで彼女は一般人だ。ただでさえ巻き込んでいるというのに、これ以上危険な目に合わせるわけにはいかないだろう。そこまでを何度思考を繰り返して、何度胸を押しつぶされそうになっただろうか。彼女の幸せを願うなら、自分はその手を離すべきなのだろうけれど、今では別の男が選んだ服を着ているのに嫉妬してしまうくらいには愛しいのだ。感情を隠すのは大得意だったはずなのに、どうしてこれほど我慢ができないのか。
「手元に、置いておけるか……?」
そう考えたのも初めてではない。けれどその度、ボスとの争いやもしこれを無事に乗り越えたとしても、その先の抗争に巻き込んで傷ついたり、あるいは命を落としてしまう名前を想像するたびに背筋が凍る思いだった。それだけは、絶対に駄目だ。
「リゾットー、」
コンコンとノックされる音と名前の声に、深く沈んでいた意識は戻ってきた。慌てて立ち上がるとドアまで早足で近寄り、開く。
「どうした?」
「服、リゾットも一緒に選んでくれないかな、と思って」
「おれが、か?センスは保証できないぞ」
「大丈夫だよ」
突然どうしたのかとしげしげと名前の顔を見つめていれば、恥ずかしそうに名前は眼を逸らした。話を聞けば、一人で選んでいると優柔不断になりがちでどうしたものかと困っていると、ホルマジオに、リゾットと一緒に選べばいんじゃあないかと言われたそうだ。けれどそれなら、ホルマジオと選んでもよかったんじゃないのか?と思って聞いてみれば、ホルマジオはリゾットなら今日は暇だろうしオレは面倒くさいからパス、と言って早々に部屋に籠ってしまったそうだ。ちらりとホルマジオの部屋の扉を見れば、ニヤニヤとした坊主頭が覗いているのが見えた。感謝しろ、と口パクしてきたホルマジオを鼻で笑って、名前の手を引いてリビングへと向かう。もしかしたらホルマジオは、最近オレが一人になると考え込んでいることに気が付いているのかもしれない。やっぱり妙に鋭い奴だ。



掴んではいけない手
(けれど掴みたい手)


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