抜き出した片足、 | ナノ
「ちょっといいか?」
ノックの音に続いて聞こえたリゾットの声に、名前は慌てて扉を開けに走った。がちゃりと扉を開けばそこにはシャツに黒いパンツというラフな服装のリゾットがいた。いつも思うが、頭巾を取ったリゾットの銀髪はとても綺麗で目を惹かれてしまう。じっと見惚れていると、入っても構わないか、と聞かれたので我に返って、どうぞ、と横に避ける。
「話がしたいのだが、大丈夫か?」
「あ、うん」
先程からやたらと確認を取ってくるリゾットを疑問に思いつつ、さっさとベッドに腰掛けてしまった彼の前に椅子を置いて、そこに名前も腰を落ち着けた。いつも無表情だが、今日はさらに表情が堅い気がして何かあったのだろうかと不安が頭を擡げる。
「どうかしたの?」
「少し……昔の話をしてくれないか?」
「昔?」
唐突なその要求にも驚いたが、昔とはどれくらいのことを指しているのかが分からなくて首を傾げる。本当の両親と暮らしていた時なのか、トリッシュの家に引き取られてからのことなのか。それを聞けば、トリッシュの家に引き取られてからだという。またトリッシュの情報集めかと身構えるが、そうじゃないのだと首を振られてしまった。
「ただ、お前とトリッシュの思い出話が聞きたいだけだ」
ますます混乱して、どうして突然そんなことを聞きたがるのかと問えば、親睦を深めるためだ、と返された。妙に柔らかい雰囲気と細められた目から、それが彼なりのギャグであることに気が付いて、分かり辛いそれに思わず笑ってしまった。
「私の記憶にある、普通の思い出話でよければ」
そう前置きすれば、構わない、とリゾットは更に楽しそうに目を細めた。それが妙に恥ずかしくて、その視線から逃げるように目を逸らしながらぽつぽつと話し始める。引き取られた最初の頃のこと、殆ど常に一緒に居たこと、それからずっと仲が良くて、喧嘩もするけど兄弟喧嘩のようなもので、実はこっそり楽しかったりすること。そんなことを話していると、楽しくなると共に、沸々と懐かしい気持ちが湧き上がってきて、段々とその日々が恋しくなってきた。最後にぽつりと、会いたいなぁ、と呟いてしまうほどには、恋しかった。
「……そうだな。すまない」
「ううん、そういう意味で言ったわけじゃないよ。けど、少し、恋しいよ」
じっと見つめてくるリゾットから目を逸らして、高い位置にある鉄格子の嵌った小窓を見つめた。そういえば、トリッシュは今、どうしているのだろうか。ふと思い出して聞いてみようとしたが、先にリゾットが口を開いた。
「オレたちを、恨んでるか」
その問いに、答えに詰まってしまった。確かにトリッシュと引き離されてしまったのはリゾットたちの所為だし、少しばかり恨めしい気持ちもある。けれど、恨んでいるのか、と聞かれればそれは違うような気がした。
「なんていうか、少し責めたいような気もするけど、恨んではいないかな」
だって皆優しいんだもん、と言えばホッとしたようにリゾットは息を吐いた。そして、眩しいものを見るかのように名前を見つめると、そっとその手を取ってぐいっと引っ張った。バランスを崩して隣に座った名前の頬にそっと手を添えると、慈しむように撫でながら、グラッツェと呟いた。その行動にドキドキしていると、そっと手を放したリゾットが何かを探すようにポケットに手を突っ込んだ。離れてしまった手が、少し寂しい気がする。
「……トリッシュを探すために、何度か家に行かせてもらっていた」
目当てのものをポケットから取り出して、じっとそれをリゾットは見つめる。それよりも名前は今の言葉が気になって聞き返した。
「トリッシュは家にいないの?」
「ああ。どうやらお前を攫った時くらいから友人の家を転々としているようだ」
頭の良い奴だ、とリゾットは少し笑った。名前は妙に納得したように頷いた。通りで中々トリッシュが連れてこられないわけだ。ふと妹の行動と勘の良さに感心してしまった。それと同時に、正確ではないがトリッシュの居場所が分かって安心する。ホッとしていれば、リゾットが目の前に何かを差し出した。
「で、だ。家を探しているときに、この写真が床に落ちていたんだ。少し拝借してきた」
名前はそれを受け取ると、何の写真だろうか、と表を見て目を見開いた。限界まで開かれた眼には、どうして、と呟くと同時に涙が浮かんできた。その写真には、幼い名前とトリッシュ、そしてずっと若かったドナテラが幸せそうに映っていた。両親を亡くして途方に暮れていた名前が、ドナテラの家族になってから初めて撮った写真だった。何やら楽しそうに笑う名前とトリッシュが肩を突き合わせて笑う後ろに、ドナテラが優しい微笑みを湛えて立っている。その時のことを思い出してぽろぽろと泣きながら名前は写真を胸にぎゅっと抱きしめた。
「大切なものなのだろう?」
そう聞いてくるリゾットに何度も頷いて、うう、と嗚咽を漏らす。肩を震わせて小さくなる名前を、リゾットはそっと慰めるように抱きしめた。そしてそっと耳元で囁く。
「きっと、もう一度トリッシュに合わせてやる」
「、え?」
「トリッシュも、傷つけずにここに連れてくる」
約束だ、とリゾットは名前の顔を覗き込んだ。その優しい表情に名前は、更に涙を流す。ここに来て、初めて彼らに感謝したかもしれない。拉致されたのに可笑しな話だけれど。
「あ、あり、が 、とう……っ」
なんとか絞り出せば、ぎゅっと強く抱き締められて、名前はその腕に誘われるように、リゾットの胸に頭を預けた。今だけはこの胸を借りることを許してほしい。そんな想いを込めてそっと服の裾を掴めば、その手に大きな手が重ねられる。
「もう少しだけ待っていてくれ」
今までで一番優しい声でそれだけリゾットは呟く。段々と膨れ上がる愛しい気持ちを胸に仕舞い込みながら、ただ黙って名前の頭を撫でていた。



語れる未来があるのなら
(必ず合わせてやる)


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