抜き出した片足、 | ナノ
「名前、おかわりあるか?」
「あるよ、ついで来ようか?」
「グラッツェ、頼む」
ホルマジオからずい、と差し出された皿を受け取り、キッチンへ入る。美味しそうに食べてくれている皆の顔を思い出して、顔が緩んでいくのが分かった。リゾット以外は全員正直に顔に出るので、本心からそう言ってくれているのがよく分かるのだ。しかし、幸せな気持ちもすぐに重たい罪悪感へと姿を変える。彼らはこんなふうに接してくれているけれど、トリッシュを拉致しようとしているのだから、彼らと居ることを幸せと感じるのは、いけないことのように思えるのだ。はあ、とここ最近ずっと抱えている悩みに、いつもと同じように溜め息を吐いた。
「名前、」
「きゃっ!」
突然背後から聞こえた声に、びくっとして皿を落としかける。何とか落とさずに済んだそれを持ち直しながら、振り返ればリゾットが立っていた。どうしたの?と見上げれば、今日の監視のメンバーだが、とリゾットは少し言い淀んだ。監視、その言葉に自分の立場を思い出して胸がちくりと痛む。
「今日は……、イルーゾォとギアッチョなんだが……」
そう言われて、そういえば順番的に彼らだ、と思うと同時に、更に重くなった気分に顔を顰めてしまった。それに気が付いたリゾットが何か困ったような顔で口を開く。
「すまない。他の者に変えようかとも思ったんだが、今日は全員出払っているんだ」
そんなふうに言うものだから、思わず笑ってしまった。監視までつけて拉致しているくせに、変なところに気を遣うリゾットがおかしくて仕方なかった。大丈夫だよ、と笑えば、そうか、とホッとしたように頭を撫でてくれた。それが心地よくて目を細めていたが、ハッとさっきの言葉を思い返して気が付いてしまった。
「もしかして……このアジトに三人きりってこと……?」
ぼそりと呟いたつもりだったがリゾットに聞こえていたらしく、ああ、と肯定の返事を頂いてしまった。やっぱり、笑ってる場合じゃないわ、これ。



「…………」
想像以上に気まずい。だって二人ともリビングにいるけど、口を一切開かないし、ギアッチョに至ってはこちらをずっと睨むように見ている。気にしないように他事を考えようにも、トリッシュのことを思い出してしまって、現実を見ようとも思考に沈もうとも、どちらにしても気分が沈んでいくだけだった。
「あっ!」
あまりにも重い気分でしていたからか、皿を一枚割ってしまった。すると、舌打ちを大きくしたギアッチョと慌てたようなイルーゾォがキッチンに入って来た。床に散らばる破片を見て二人が眉間に皺を寄せる。それを見て慌てて手を拭き、ごめんなさい、と叫ぶように言うと破片を拾いにかかった。初めてした失敗と、更に広がりそうな二人との距離に涙さえ浮かんできた。
「おい名前、やめろ!」
ギアッチョがそう怒鳴って、ぽろぽろと涙を溢しながら破片を拾う名前を立ち上がらせて、イルーゾォに手渡した。そうするとイルーゾォは何を言うでもなく名前の手を優しく引いてリビングのソファに座らせるものだから、名前は驚いて涙も止まってしまった。隣に座ったイルーゾォが、手は怪我してないか、とこれまた優しく聞くので、名前は馬鹿みたいに何度も頷いた。
「よかった」
ホッとしたように頭を撫でてくれたイルーゾォに、一瞬朝のリゾットを思い出した。びっくりして固まっていると、キッチンからギアッチョが出てきて、名前の前にミルクティを置くと隣のソファにどっかりと腰かけた。頭が追い付かずに混乱していると横からくすくすと笑いながらイルーゾォが、優しいな、とギアッチョに笑った。うるせェ!と怒鳴り返すのを見て、もしかして、とキッチンに目を遣ると、床に散らばっていたはずの皿は全てなくなっていた。
「あ、あ、ごめんなさい……!」
「……別に怒ってるわけじゃねェんだよ!」
カッと目を見開いて怒鳴りながら言われたところで説得力などなかったが、その耳が少しだけ赤くなっているのが見えたから、思わず笑ってしまった。そのおかげか少し落ち着いて、目の前のミルクティを持ち上げた。
「ありがとう、ギアッチョ。……いただきます」
無言でされた舌打ちを返事と受け取って一口飲めば、ほのかに甘くて口当たりのいいそれが喉を通って行く。ほぅ、と息を吐けば、隣から安心したような声が聞こえた。
「落ち着いた?」
「あ、うん。ごめんね」
「……名前ってさ、オレとギアッチョのことまだ苦手だよな」
少し声のトーンを落として言うイルーゾォにぎくりと肩を跳ねさせれば、苦笑が返ってきた。そんなにわかりやすい行動ばかりしているのかと見上げれば、手をぎゅっと握られた。
「朝から溜め息ばっかりついてる」
そんなにしていたのかと目を見開けば、気づいてなかったのか、とギアッチョに言われてしまった。けれど、確かにそれも原因だけど、それだけじゃないのだ。同じようにイルーゾォの手を握り返せば、驚いたようにイルーゾォとギアッチョが名前を見つめた。
「二人のせいだけじゃないよ」
もし、今の二人の表情をわたしの態度が作ってしまったのなら、少しでも解れるようにと言葉を紡いでみた。もしかしたら笑顔がぎこちなくなってしまったかもしれない。
「じゃあ、何が原因だっつーんだよォ?」
やっぱりそれを聞かれてしまったが、いい言い訳が見つかるはずもなく、どうしたものかと少し黙り込んでしまう。そうすれば繋いでいない方の手でイルーゾォが優しく撫でてくれるものだから、それに促されるように口を開いた。
「なんて言ったら良いのかわからないんだけど……、その、トリッシュを攫おうとしているのに、皆と居るのが、最近楽しく思えて…皆には悪いんだけど、トリッシュに、申し訳なくって、その、」
どんどんと言い淀む名前を見て、ギアッチョが口をはさんだ。
「それはよォ、もし、オレらがトリッシュを傷つけたりしなきゃあいいのか?」
「、え?」
驚いて見つめ返す名前に、ギアッチョはがしがしと頭を掻いた。イルーゾォも驚いたようにギアッチョを見ている。
「だからよォ!トリッシュを攫うっつーのをやめることは絶対にできねェけどよ、トリッシュを傷つけたり殺したりしなきゃあ、てめーはそうやって悩まねーのかって聞いてんだよ!」
目を逸らしながらギアッチョはそう言い切って、眉を思いっきり顰めた。イルーゾォを見上げれば、彼も困ったように眉を顰めていた。そんなことができるのか、と微かな期待を抱いてしまう。
「う、ん、それなら、まだ……。けど、そんなこと、」
「リーダーに、お願いしてみるか?ギアッチョ」
その声にバッとイルーゾォを見れば、楽しそうに笑っていた。ギアッチョも、なんだか少し笑っているように見える。
「オレたちは結局のところ、トリッシュに聞きたいことがあるだけだしな。まあ、人質にできたら尚いいんだけど」
人質、という単語にまた顔を顰めて見せれば、傷つけはしないさ!とイルーゾォは慌てたように首を振った。頼んでみっか、とギアッチョが愉快そうに言った。その言葉に耳を疑いながら二人の顔を交互に見る。その顔に嘘を吐いているような色は見えなくて、信じても大丈夫だと、そうどこかで妙な確信があった。
「それにしてもよォ、名前。やっぱりお前って不思議なやつだぜ」
ギアッチョの言葉に首を傾げる。不思議だなんて、初めて言われた。
「オレたちの印象なんて最悪なのが普通じゃあねェのか?それを楽しいなんてよォ」
イカれてやがる、とクツクツと笑った。それを聞いてイルーゾォも確かに、なんて笑うから、ムッと膨れてみせる。そんなことない、とても真っ直ぐな人たちだ、と言い返せば、今度こそ大きな声で笑われた。過大評価しすぎだ、とイルーゾォにまで笑われたけど、そんなことはないと言い切れる確証を持っていなかったから、押し黙るしかなかった。
「まあ、さっきの言葉は、嬉しかった」
そういって優しく笑った二人の目に、もう距離を感じることはなかった。



ゆるやかにふかく
(この空間に馴染んでいく)


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -