抜き出した片足、 | ナノ
結局その日は、何かを聞かれること、言われることもなかった。むしろ今日は何もない一日だったかのように、全員がいつも通りで。それに漠然としたもやもやしたものを抱えつつ、床に就いた。



翌朝、やはり何も変わらないメンバーと朝食を食べ、全員を任務へと送り出した。今日の監視はホルマジオなのだが、メローネも仕事がないのでアジトにずっといるらしく、食器を洗っているときから既にメローネは名前にべったりと引っ付いていた。
「ああ……今日も名前は柔らかいね。すごく、ベリッシモ、いい!」
「離れてよ、メローネ……」
後ろから抱きこまれて、最初は恥ずかしがっていた名前も慣れてしまったらしく、ただ鬱陶しく思うだけだった。そうして溜め息を吐いていると、後ろからメローネが引き剥がされて、聞きなれた声がした。
「おいおいメローネ……、そんなことしてるとリゾットに何されるかわかんねーぞ」
「ああああ、名前ー!」
「しょうがねーな……、おら、こっち来いメローネ」
ずりずりと引きずられていくメローネはがっくりと頭を落として、されるがままにキッチンから連れ出された。ようやく動けるようになった名前はテキパキと洗い物を再開した。一人になって考えるのは、トリッシュのことではなくて、昨日の出来事だった。一体あの奇妙なもの(スタンドだっけ?)は何なのか、とかそんなことばかりだった。ぼんやりと考えながら洗い物と掃除を終わらせて、ソファに体を投げ出すように座った。
「おつかれさん」
「わぁ!ありがとう、ホルマジオ」
目の前にコトン、と紅茶を置いてくれたホルマジオににっこりと笑いかける。するとムスッとした顔で対面に座っていたメローネが、俺にはそんな顔見せたことないくせに!なんて騒ぎ出して、またホルマジオに黙らされていた。
「ねぇねぇ、少し質問してもいい?」
ふと思い出したように、メローネを沈めているホルマジオに尋ねてみれば、なんだ、と返された。ソファに座りなおして、コーヒーを啜ってるあたりちゃんと聞いてくれるらしい。
「スタンドって、何?」
「っ……とぉ、あっぶねェ」
飲んでいたコーヒーを吹きそうになったホルマジオは、少し迷いながらどうしたものかと考えた。確かに昨日あんな聞き方をして、放置していたからずっとそのことが引っかかっていたのだろう。暫らく考え込んでいたが、能力さえ言わなければ大丈夫だろうと思って、しょうがねーな、と口を開いた。
「何つーか、特別な能力をくれる守護霊みたいなもんだよ」
「守護霊?」
「そ。同じように能力を持ってる奴にしか見えない、守護霊」
なるほど、と名前は頷いた。それならば、昨日聞かれたことも納得できる。私がペッシのスタンドが見えたから、私も持っているはずだと思ったのだろう。
「私も、持ってるのかな」
「たぶんな。まあ、まだその素質を持ってるだけっつーのかもしんねーけどな」
「へぇ……。もし私がスタンド使えたら、どんな特別な能力が身に着くんだろう……」
うーん、と唸り始めた名前と一緒に少しホルマジオも考えてみた。スタンドは精神力だから、その使い手の潜在意識のようなものが能力の基になっているのだ。ならば、名前は一体どんなスタンド能力になるのだろうか。
「あ、じゃあホルマジオはどんな能力なの?」
パッと顔を上げて名前はホルマジオを見た。その言葉にしまった、と言いたげな表情を浮かべたホルマジオ。それに深い意味はないとわかっていても、スタンド能力を知られたくないのは仕方のない事だろう。どうやって切り抜けようか、とダラダラと嫌な汗を掻いていると、ガバッとメローネが突然跳ね起きて名前に飛びついた。
「リーダーに怒られたってめげない!」
「きゃぁあああ!」
「おい!メローネ!」
ホルマジオは慌ててメローネを剥がしにかかるが、この時ばかりは少し感謝した。



ティータイムを終えた名前は部屋に戻っていた。ベッドにゴロリと仰向けに寝転がって思考を巡らせる。実は少しばかり、昨日の尋問は名前の部屋に聞こえていたのだ。全部は聞こえなかったが断片的に聞こえた会話から、名前は推測をしていく。
――テメー、ボスの遣いか?
皮切りとなったギアッチョの言葉。どうして、自分たちのボスからの遣いにそんなに警戒しているのだろうか。
――トリッシュのことは知っているのか?
出てきた名前に心臓が跳ね上がったのは仕方ないだろう。少し耳を澄ましていれば、保護、ボスの所、オレらの報告、などと聞こえたので、もしかしてトリッシュの父親というのは、彼らのボスなのだろうかと推測してみる。そして彼らがボスに反旗を翻そうとしているのであれば、全て繋がるんじゃないだろうか。
それなら彼らは一体どうしてボスに刃向おうとしているのかという次の思考は、ノックの音に掻き消された。
「名前、飯の材料買ってくっけど、何がいる?」
「あ、待って!」
ホルマジオの声に扉を開けてキッチンに入る。冷蔵庫の中を確認して、足りないものをリストアップしていく。それをホルマジオに渡そうとすれば買い出しはメローネだと言われて、ひょこっと後ろから現れた彼にその紙を渡せば、行ってくる、と早々に出て行ってしまった。
メローネが帰ってくるまでの間、昼間はぐらかされた話題に触れる勇気は、先程の推測のせいでなくなっていた。彼らはギャングで、中でも危ない方の人なのだと思い至ったが、そんなに悪い人たちとはやはり思えなかった。こんなにも穏やかな時間をくれる彼らは、それでも最初にあった時の様子を思い出せば、私の今のこの気持ちは変なんじゃないかと思えた。そっと気づかれないように左腕の傷に目を落とす。流石に塞がってはいるが、生々しい傷痕はくっきりと見て取れた。
「ただいま!」
「あ、おかえりなさい」
飛び込んできたメローネから袋を受け取り、冷蔵庫に詰めてリビングに戻れば、ニコニコと笑っているメローネに手招きをされた。誘われるまま少し警戒しつつ(だって何されるかわからないし)近寄れば、ずい、と目の前に袋が差し出されて困惑する。
「何、これ?」
「開けてみてよ」
訝しげに聞けばメローネは肩を竦めて楽しげにそう言った。ホルマジオも袋で察しがついているらしく、薄く笑っている。彼が止めないということは、中身は変なものじゃないのだろう。ガサガサと開けて中身を取り出せば、それは、
「チョコ……?」
「そう!美味しいご飯の細やかなお礼さ」
頬にちゅ、とキスをされて、火が付いたように名前の顔は赤くなる。そんな、別によかったのに……、と照れて遠慮する名前にホルマジオがメローネを叩きながら笑いかける。
「大人しく貰っとけ。メローネからまともなプレゼントなんて早々あるもんじゃあねーぞ」
「……うん。ありがとう」
ホルマジオの言葉に反論しているメローネに微笑みかければ、くわっ、と目を見開いて飛びつかれてしまった。それに再び怒鳴るホルマジオを見ながら、思わず今度は笑ってしまった。トリッシュを攫おうとしている人たちだというのに、こんな時間が幸せかも、だなんて。トリッシュの顔が浮かんで、ずしりと心に重く沈んだ。



置いてけぼり少女
(ごめんね、トリッシュ)



▼追記
矛盾点を見つけたので修正しました(11/11)


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