抜き出した片足、 | ナノ
どこからか誘うように照らされる優しい光に誘われるように目を開いた。見慣れない天井を見上げて、やっぱり夢じゃなかったかと、溜め息を吐く。しかし目覚めた瞬間と同様に眩しく感じて視線をスライドさせていけば、上のほうに付いている小窓が見えた。脱走は不可能そうだと諦めて枕元の時計を見れば、中々に早い時間だった。けれど太陽も出ているのだから起きた方がいいのだろうかと、取り敢えずクローゼットの中から適当に服を見繕う。それにしても、さすがプロシュートだ。昨日彼の服を見ていて思ったが、センスがいい。



リビングへそっと入れば、そこにはリゾットがすでにソファを占領してコーヒーを飲んでいた。
「ブォンジョルノ、名前」
「ぶ、ブォンジョルノ」
背中を向けたままだったが気配で気づいたのだろう。リゾットは振り向きもしないで挨拶を寄越した。少しどうしたものかと立ち尽くしていたが、取り敢えず朝食について聞いてみることにした。
「あの、朝食って何時頃に食べられるんですか?」
「そうだな……、結構皆バラバラなんだが……。大体あと一時間くらいで全員起きてくるんじゃあないか?」
リゾットはくるりと振り返りながらそう言った。その頭には昨日の変な頭巾は無くて、綺麗な銀髪が朝日に綺麗に反射していた。それが眩しくて少し目を細めてしまう。ちょっと冷静になって見てみれば、リゾットといいプロシュートといい、中々男前ばかりが集まっている気がする。意外とそういった面では素敵な状況に置かれているような気がしたが、そんなこと気にしている場合じゃないと思い直して、取り敢えずキッチンに入って冷蔵庫を開く。昨日ホルマジオに買っておいてもらったトマトとモッツァレラチーズを簡単に盛り付けて、あとはクロワッサンなんか焼くか、と簡単な献立を頭の中で組み立てる。よし、と冷蔵庫を閉めた途端、なんだか背後に嫌な気配がある気がして、さっと横に飛びのいた。
「ブォンジョル、あぁ!」
「メローネさん!」
名前が横に避けたことによって、背後から飛びつこうとしていたメローネは盛大に冷蔵庫に頭をぶつけた。大丈夫ですか、と声を掛けようとすれば、別の声が後ろからそれを遮った。
「余計なことしてっからそうなんだよォ」
ざまぁみやがれ、と登場したのはギアッチョだった。まさかキッチンにギアッチョが来るとは思わなくて、名前が驚きながら、ブォンジョルノ、と声を掛ければ一瞬だけ名前を見て小さく挨拶を返してメローネを引きずってリビングのほうに出て行った。昨日よりは大分進歩したなと嬉しくなりながら、取り敢えず朝食の準備に取りかかる。



朝食を食卓に並べるころには全員揃っていて、名前が座ると同時に夕食同様、騒がしい食事が始まった。するとふと思い出したようにリゾットが口を開く。
「ああそうだ、今日から毎日誰かしらに名前の監視に当たってもらう」
リゾットがそう告げると、全員が黙ってリゾットに視線を送る。名前も不安そうにリゾットを見る。
「今日はオレが当たるが、明日からは順番にプロシュートとペッシ、ホルマジオ、ギアッチョとイルーゾォでついて貰う」
「リーダー、オレがいないよ」
メローネが不満そうに言うとリゾットは平然とした顔で、お前は何をするかわからないから駄目だ、と一蹴する。ギャーギャーと喚きだしたメローネをギアッチョががなり上げた。さらに騒々しくなっていく食卓だったが名前はそれどころではなかった。どうして、どうしてギアッチョとイルーゾォがペアなの……?彼らに当たるのはまだまだ先だというのに今から気が重くて仕方がない。ギアッチョが暴れて皿を割るまで名前の思考は沈んだままだった。



朝食も終わり、それぞれが任務に出払った中、このアジトには気まずい空気だけが漂っていた。ギアッチョとイルーゾォのペアにばかり気を取られていたが、よくよく考えてみれば、リゾットも結構苦手な部類だったと気が付いてしまった。皿を片付けながらちらりとリゾットを見れば、思いの外、こちらを見ていた黒目とばっちし目が合ってしまった。
「手伝うか?」
「あ、や、大丈夫で」
す、という前にリゾットは名前の手からひょいと皿を取り上げてキッチンに運んで行ってしまった。慌てて残りの皿を持って追いかける。ガチャガチャと食器が擦れ合う音だけが響いて何とも居辛い。うう、と名前は泣きそうになりながら、もう一度目を遣れば、今度は視線は交わらなかった。どこを見ているのかと視線を追えば、昨日と同じように左腕を見ていた。そういえば謝っていた気がするが、謝るくらいならしなければいいのにと思ってしまう。
「リゾットさん……?」
あまりにも凝視しているものだから、思わず声を掛けてしまった。ハッと我に返ったリゾットは、なんだ、と名前を見返す。その視線から逃げるように洗っている皿に目を戻して、言葉を続ける。
「……左腕、気にしてないですよ」
それだけ言って、最後の一枚を水切りバスケットに置く。隣を見ればまた固まっているリゾットがいて、少し笑ってしまう。それを見ながら包帯をするすると除けて、塞がりかけている傷を見せた。全部許せる、というほど心は広くないが、それでもちょっとの間一緒に居ただけで分かるくらいには、ここの人たちは本当に悪い人たちじゃない。この傷をつけられた時もそうだったが、どこか切羽詰まっている感じがしていた。きっとドナテラが探していた“ソリッド・ナーゾ”という男に何かあるのだろう。
「……グラッツェ」
切なげに綺麗な顔を歪めながら、名前の腕をとると、傷口に軽く唇を押し当てた。その行動に驚いて腕を引くが、思ったより強く握られていて、振りほどくことはできなかった。ふ、と初めて表情を緩めたリゾットを見て、今度は名前が固まる。
「顔が真っ赤だ」
「っ、」
そういって優しく包帯を巻きなおしていくリゾットに、触れられているところから熱くなっていく。巻き終わったリゾットがもう一度だけグラッツェ、と言うまで、名前は動けずにいた。真っ赤になって部屋に戻ろうとする名前をリゾットが捕まえて、また、爆弾を落とした。
「ああ、オレは呼び捨てで構わない。慣れないんだ」
「え、」
「それと、敬語もやめてくれ」
それだけだ、と言ってリゾットは何食わぬ顔で部屋に戻って行ってしまった。ぽかーんと口を開いて固まっていた名前だったが、ばたん、とリゾットの部屋の扉が閉まる音が聞こえてきたときに、ようやく理解した。殊更赤くなっていく頬と高鳴る心臓を押さえて、その場に蹲った。
「なに、それ……」
今まで感じたことのない感覚に、小さな頭はパンク寸前だった。



傷跡にハチミツ
(いたいのにあまい)


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -