真夜中の何時なのかわかんねぇけどおいらはなかなか寝付けなかった。


今日はエビと飯食いに行ったんだけど会計のときにいつも通り「ツケといてくれ!」って言って帰ぇろうとしたんだけど、そうも簡単にいかず…



「今日こそは払ってもらうよ」


「え…だからツケで…」


「お前らいっつもそう言って払ったことねぇだろ」


「せやけどわてら一銭も持ってまへんで〜」


「だったら働いて払ってもらうしかねぇな」


「「…………」」




そう言われておいらたちは一日中必死に働いたんだ…。だから疲れてんだよぉ…寝かせてくれよぉ…だってもう布団入ってから三時間は立ってんじゃねぇか…?


あ〜もう考えんのやめやめ。無心になる…。寝ることだけ考えよう…あっ考えちゃいけなかったな…無心で寝よう…。



………………


……………


…………

















…――――――?!






急に身体が浮いたような感覚になったと思ったら次の瞬間グヮン!!床に打ち付けられたような感覚になった。


何かと思えば身体がびくとも動かねぇし、声だって出せやしねぇ…。動くのは眼球だけだ。



(え?え?なんだなんだ?どうしちまったんだおいら?)



冷や汗をかきながら眼球を動かすと、部屋の隅っこに何やらもぞもぞ動いてるような気がする…



(まさか泥棒か…?天下の大泥棒のゴエモン様ん家に泥棒たぁ命知らずだぜ…)



今すぐとっつかまぇてぇが如何せん身体が動かねぇ…くそ、こんなときに…!


動け!動け!と念じていると、その泥棒が突然すくっと立ち上がった。


何かを盗んだ様子もない…よく見ると綺麗な着物を着ていて、髪の毛は長い…お、女の子…?


後ろを向いていて、顔は見えない。何気なく足元を見てみれば


その子の足がなかった。



(……は?)



これってあれじゃねぇか?足がねぇんだぜ?そんで身体は動かねぇし……


身体が動かねぇのは“金縛り”ってやつで、そんであの子は俗に言う…


“幽霊”ってやつ……










次の瞬間、振り返った幽霊と目があった。





















「あ、」



(ぎゃあああああ!!!)



「こんばんわ!」




幽霊と目があった瞬間そいつはおいらの横に駆け寄ってきて、布団の隣に座り込んだ。


もう怖くて怖くて幽霊が何言ってんのかさっぱりわかんねぇ!エビ!!エビ!!助けにきてくれよぉ!!おいらまだ死にたくねぇ!!




「そ、そんな怖がらないで、何もしません。そもそもただの幽霊なので…」


(嘘つけぇぇぇぇ!!幽霊なんだから絶対なんかすんだろぉぉぉ!!おいらを締め殺すのか?!魂をとるのか!?体を乗っとるつもりか!?)


「そんなことしないです」



幽霊はおいらの心の声が聞こえるみてぇで、どうどう…と言っておいらを落ち着かせようとした…ってやんでい!!そんなんで落ち着くわけねぇだろ!もうなんなんだってんだ…!



「じゃあ、こうしましょう!これは夢です。あなたは夢をみています。あなたと幽霊が楽しくおしゃべりする夢です…すてきですね?」



(……………)




そうか、おいらは夢をみているのか。だってあんとき無心になって寝ることだけ考えたんだっけか…。あ、無心だから考えちゃいけなかった…



(そうだな…夢だな…)


「そうです!」


(夢…夢だ…)



おいらは必死に今起こっている事態を夢と思い込むことに励んだ。そうすると意外と幽霊が怖くなくなってきた。


夢だと思えば怖いもん無しなもんで、おいらは好奇心で問いかけてみる。



(おめぇ、名前なんてんだ?)


「わたしはいろはです。あなたは?」


(おいらはゴエモン)


「ゴエモンさん!?すごいすごい!義賊のゴエモンさんに会うことが出来るなんて…!」


(おいらのこと知ってんだなあ)


「もちろん!は〜〜〜うれしいなあ…死んでからこんな良いことかあるなんて思ってなかった…」


(はは…は…)



ちょっくら今の発言にブルッときたけど気にしない気にしない…。これは夢だからな…



(ところで…いろは、ちゃん。おいらに何の用が…?)


「う〜ん、この世をさまよってたら自然と足がここへみちびいて…」


(足…無いけど…)


「今失礼なこと思いました!?」


(す、すまねぇ…)



ぷんぷん怒りだしたいろはちゃんは幽霊だけど幽霊らしくないっていうか…なんていうか…普通の女の子みたいだ。だって幽霊って普通怖ぇもんだろ…?顔が青白くて「殺してやる…」とか呟くじゃねぇか。でもいろはちゃんはそんなこと全然なくて。



(でもこの世をさまよってるってこたぁ、なんかやり残したことがあんじゃねぇかい?)


「う〜ん、きっとそうですよね…。でもその理由が明確にはわからなくって」

(そうなのか…)


「そもそもなんでわたしが死んじゃったのかもわからないんです」


(え?どうしてだい?)


「気付いたら死んでたというか…」



そんなことを悲しそうな顔一つせず話すいろはちゃんが不思議だ。…こんな幽霊見たことも聞いたこともねぇぜ。



「でも少しだけ覚えてることはあるんですよ」


(なんでい?)


「死ぬ前はすごく幸せだったんです。お付き合いしてる人と一緒にいてねぇ、抱き合ったり口づけしたりして、その後は熱い一夜を……」


(そっ!そこまで聞かせてくれなくていいって!)


「そうですか?」


いくつになってもそういう話に興味があるのは事実だけど恥ずかしくなって遠慮した。



「でもその後のことが思い出せないくて。それが最後の記憶だからきっとその後わたしは死んじゃったらしいです」


(……そっか…)


「もうあの人に会えないなんて、さみしいな」


(…)


「でも、生きてりゃ良いことありますよね!」


(いろはちゃん生きてねぇけど…)







グヮン!!といきなり変な感覚になって、目が覚めたら朝だった。






*************









朝起きて夢のことを思い出す。なんか不思議な内容の夢だったなあ…。そんで妙に鮮明に覚えてるし……


とりあえず、身体を動かしたくなって外へ出る。金縛りになった夢を見たから動かしたくてたまらない。












走っているといつもの場所で若いにーちゃんが瓦版を売っていた。



「号外だよー!号外!!」



にーちゃんの周りには大勢の客が寄って来ている。



「なんでも、彼女と心中しようとした男が彼女は殺したんだが自分が死ぬことに失敗しちまったって話だ!」



へぇ……。馬鹿なことする野郎でい。


おいらはそう思いながらもいつもの習慣で瓦版を買った。これを読まないと一日が始まらない。



ばんっと瓦版を広げる。


歩きながら読んでいたおいらはそれに書かれていた文字に目を丸くした。








*・*・*・*・*・*






家に帰ってきて草履を放り投げるように脱いだおいらは瓦版を何度も何度も読み返す。

これで三十四回読み返した。



「やっぱり…これ……」



瓦版には“いろは”という文字が書かれていた。







――――――――――

二日前、いろはという女と交際していた男は女と心中しようと寝ていた女の首を締めて殺した。
男も死のうと思い、天井に縄を吊るして首吊りを試みたが途中で縄が重さに耐えられずちぎれてしまう。間一髪男は助かり、気を失っていたところを友人に助けられた。
男だけが生き残ってしまい、今は自殺しないよう親族が見守っている。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

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―――――――――――











「…いろはちゃんのことだよな?」



あれは夢じゃなかったってのかよ…?いろはちゃんはこんなくだらねぇことで死んじまったのか?自分勝手な思考をもった野郎の汚ぇ手で人生終わっちまったって?



「…」



頭がクラクラした。












**********













今思うと、やっぱりまだおいらは夢を見ているのかも知れない。


ったく、長ぇ夢だなあ…


夢だというのに夜になるとやっぱり眠くなっちまうもんで。灯りの火を消しもせずおいらは布団に入った。


はあ。なんていうか……疲れる夢だったな…。寝よう。目が覚めたら本当に目が覚めるよな、きっと…


おやすみ…




……………………

………………

…………









―――――!!!



待ってました言わんばかりに昨日と同じ現象が起こった


て、てやんでい……


どっからともなくいろはちゃんがスゥッと現れる。



「こんばん…ワァ!!!!ま、まぶしい…なんで灯りが…!し、しんどい……」


(だ、大丈夫か…?いろはちゃん)


「幽霊になってから明るいのが苦手になってしまって…」


(すまねぇなあ…おいら今動けねぇから消してあげらんねぇ)


「いえ…。実のところ結構平気なんでお気になさらず…」




そう言ってからいろはちゃんは、あっ…と思い出したようにおいらに「こんばんわ お邪魔します」と言ってお辞儀した。


今日は部屋が明るいからいろはちゃんの顔がしっかり見える。白い顔だけどほっぺたは赤くて、淡い桃色の着物を着ていた。そんで幽霊だからか薄く透けている。


昨日はそんなの見てる余裕もなかったなあ…ただただ怖くて…。な、情けねぇ……。



(いろはちゃんって幽霊なのに可愛い顔してんだなあ)


「えっ…本当ですか?…そんなのあんまり言われたことないから嬉しいです…!」



にこにこ笑って恥ずかしいのか両手で顔を覆ういろはちゃん。

そういえばそんなことより聞きたいことがあったんでい



(なあいろはちゃん。これって夢だよなあ?)


「え?夢?何言ってるんですか?」


(え?)


「え?」


(え?)


「………あっ…。そういえばそんな設定でしたっけ…。ゆ、夢ですよ、はい、そうです」


(だよなあ、ははは)


「えへへ…」



なんでか知らないけど苦笑いしたいろはちゃんはおいらから目線をそらした。




「あっ、これって今日の瓦版ですか?」


(そうでい)


「ちょっと読んでもいいですか?」


(いいぜ。…………あ、…あ!!!ちょッいろはちゃん!待ッ!!)



お、おいら…何言ってんだ!あの瓦版にはいろはちゃんの事が書いてあったんだ…!


あれをいろはちゃんに伝えなきゃならない…けどあんなひどいこと伝えるべきか?伝えないほうがいろはちゃんのためになるかもしれない。何も知らないまま成仏したほうが幸せなんじゃ…



おいらがうじうじ悩んでる間に机の上にどうどうとおいてあった瓦版をいろはちゃんは目を通してしまった


……まずったなあ…



「えっ………これ…」


(いろはちゃん…落ち着いて聞いてくれ、それは…)


「…ワケあり商品…多数有り…!?」


(…………)





そっちか…。








〜つづく〜


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