今朝買った瓦版を一通り読んだ後
ゴエモンは興味無さそうに呟いた。

「壁ドンねぇ…」

瓦版の一部のページに特集で書いてある"壁ドン"…。
男が女を壁まで追い詰めて、壁にドンと手をつき口説いたりいちゃついたりする行為だ。

「今の娘っ子はこんなんが好きなのかぃ」

「ゴエはんさっきから何をブツブツ言うてますのん」

ゴエモンのひとり言を聞いていたエビス丸は、ひょこっとゴエモンの後ろから顔を覗かせて瓦版を見る。

「あ〜壁ドンでっか!流行りですやん!
わてもイケてるめんずにこんなんされたら落ちてまうわ〜」

「…。ほぉ〜ん」

ゴエモンはさも興味無さそうに尻をかきながら熱弁するエビス丸を見た。
そんなゴエモンを今度は冷ややかな目でエビス丸が見る。

「もうゴエはん!そんなんやからいろははんは愛想無くすんでっせ!」

「はぁ?何言って…」

「今のあんさんは流行を追いかけようともせんとだらだら家で尻かいて過ごして…。
ゴエはんはもっとかっこよかったはずやのに…。
いつからこうなってしもたんや…」

「そんなだらだらしてねーよ、やるときゃやってやらないときゃあだらだらしてるだけでぃ…。

…けど確かに、いろはにそういうことはもう随分してねぇや。
あいつだって、前はすんげぇ可愛かったのに今やお洒落なんてたまーにしかしてこねーもん」

昔はよかったなぁ…。
手繋いだだけで顔真っ赤にしてさ、
いちいち可愛かったのに。

そんな思い出に浸っているゴエモンめがけてエビス丸はスパァンッ!!とハリセンで頬をはたいた。

「ヴっっ!!
ってぇなぁ!!なにしやがんでぃ!!」

「女はなぁ、いつも待ってるんや!」

「…?」

「いっしょにおることが当たり前になってもうても、ゴエはんからの愛情をいつでも待ってるんでっせ」

「……。」


なんでおいらエビにこんな説教されてんだ?

何ともいえない気持ちではたかれた頬を手でさする。


けど、エビの言う通りかもしんねー

「わての憧れのゴエはんは困ってる人といちばん大事な女はほっとかん、かっこいいお人です。
それに憧れてわてはゴエはんにずっとつきまとってるんでっせ」

「エビ…おめぇ…そんなこと思ってくれてたのかぃ」

泣かせるぜぃ……。

そのゴエモンの一言で、今までのいい雰囲気をぶち壊すかのように
エビス丸はお得意のほのぼのすまいるをしてオカマのようになよなよしだした。

「今更知ったんかいな!もぅ〜ゴエはんは鈍感やねんから〜」

「げー!!気持ち悪ぃっつの!!離れろっ」

「そんなん言うてほんまは嬉しいくせに〜」

「ってやんでぃ!嬉しくねぇよ!」







**************





"ほな、そのすっぴんのお顔をなんとかしていろははんのとこいきなはれ"


エビス丸にそう言われていろはの家にやってきたゴエモン。

夕ご飯の支度をしているからか、外からでもいい匂いが漂ってくる。


「おーい、いろは…いるか?」

いることはあきらかにわかってるが、一応声をかければいろはは嬉しそうな表情をしながら戸を開けた。

「ゴエちゃん!会いにきてくれたの?」

えへへ、と心から嬉しそうに笑っていろははゴエモンを招きいれる。

自分はただ、会いに来ただけなのにこんなにも喜ばれるとは思いもしなかったゴエモンは少し驚いた。

「夕ご飯作ってるからいっしょにたべよう?」

「おう、呼ばれるぜぃ」










いろはの家に上がり込んですぐ横になろうとしたゴエモンはハッとなって体制を立て直した。

(いかんいかん、おいらまたぐーたらしちまうとこだった…。
こりゃエビの言う通りだな…。)

そんな葛藤をしているゴエモンのことは知らず、夕ご飯の支度をしているいろははおたまを持ちながら振り返る。

「ゴエちゃん、今日はすっぴんじゃないんだね」

「ん?おう。たまにはな」

「すっぴんのゴエちゃんも好きだけど、いつものゴエちゃんも好きだなぁ」

「そうかぃ…?」

そんなことを言われるのは久しいからか自分の頬に熱がたまるのを感じる。

(おいおい、おいらがどきどきしてどーすんでぃ…)

けれど、どきどきする理由は他にあった。

「いろは…なんか今日いつもと違わないか?化粧かえた?」

「…!うん、口紅変えたの。
いつものよりちょっとだけ赤いのにしてみたんだけど変かな?」

「ぜんぜん変じゃねぇし、そっちのほうがいいかも…」

いろはは人よりも肌が白いおかげで赤がよく映える。
その赤とときどきみえる白のうなじがよけいにゴエモンをどきどきさせた。

(うぉ〜…なんか色っぺぇ…)


「気付いてくれてうれしいな…。でもなんだか恥ずかしいね」

「……」


いつもの白い頬をほんの少しだけ赤く染めて控えめに笑ういろはに、ゴエモンの何かが…弾けた。


「いろはおめぇ…たまんねぇわ!」

「えっ、なになに、ゴエちゃん?」

困惑するいろはにお構いなくゴエモンはいろはの両腕を壁に固定して、追い詰めた。

2人のおでこがくっついてしまうくらいの距離。
いろはは思わず息をするのも忘れて
自分より上にある青い瞳を見つめた。


「ゴエちゃん…弱火にして…」


ゴエモンは片手でがすこんろの火を弱めながらいろはの唇に喰いついた。























〜今日のお昼〜 いろはサイド




「ちょっとお化粧屋さんに寄ってもいい?」

「うんいいよ〜、何買うの?」

「色気仕掛け用の口紅。任務で使うの」

「い!?色気仕掛け!?
ヤエちゃんそんな危ないお仕事もしてるの!?」

「そんな危ない目には合わないわ、男が寄ってきたところを仕留めるだけだから大丈夫」

「ほんとに大丈夫…?でもヤエちゃん口紅なんてしなくても綺麗だからいろんな人が寄ってくるんじゃ…?」


そんな疑問を抱きながらわたしとヤエちゃんはお化粧屋さんに入る。
こんなところに入ったのも久しぶりかもしれない。

いつも、同じお化粧つかってるから、たまには違うのを買ってみようかな…。


「いろはさんにはこの色が似合うんじゃないかしら?」

「わぁ、赤かぁ…ちょっと勇気いるね」

「騙されたと思ってためしてみて!きっとゴエモンさんもめろめろになるわ」

「ふ〜む…」

綺麗なヤエちゃんが勧めてくれたんだから、もしかしたらそうなのかも…。

淡い期待を寄せて、購入しようとしたら
目の前にあったお目当ての口紅はもう無くなっていて
二つ分のお会計を済ませたヤエちゃんが、わたしにその口紅を手渡してくれた。

「速っ!ありがとう、いくらだった?」

お財布からお金を出すわたしをヤエちゃんは止める。

「今日お買い物に付き合ってくれたお礼」

「ええっ、なんでなんで〜!わたしがヤエちゃんを誘ったのに!」

「いいのよ、受け取って?
それでゴエモンさんを悩殺しなくちゃね」

「うぅ…ヤエちゃん…!」


ゴエちゃんのことをヤエちゃんに相談したことがあったから、
それで買ってくれたんだと思うとなんだか目尻が熱くなってきた。

ヤエちゃん…だいすき…!!

「ありがとう、ヤエちゃん!!」

「いいえ、またお茶しましょうね」

「うん!」






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