農民から不必要なほどのお金をまきあげていく悪代官をこらしめるため、わたしたちはその屋敷へと潜入していた。

見張りの奴らに見つからないよう、身を小さくして進んでいく。

誰もこちらに気づいていないことを確認してから、ゴエモンは口を開いた。


「ここからは二手に別れよう。
サスケといろはちゃんはあそこの見張りを引きつけてもらっていいか?
その隙においらとエビス丸とヤエちゃんで中に突入しよう」


こくりと皆で頷いて顔を見合わせる。

別れるのは危険だとゴエモンも重々承知しているが、そう判断出来るのはきっとサスケとわたしを信頼してくれてるからだ。


「二人とも、無理しないでくれよ」

「承知」

「大丈夫、いってくるね」



ゴエモンはわたしたち2人にニカッと笑いかけてくれたけど、少し眉が下がっていた。

やっぱり少し心配なんだ。
…もっとしっかりしなくちゃ

気合を込めて自分の頬を手のひらでぺちぺち叩くと、そんなわたしをみてサスケが控えめに笑ってる。

そんなサスケをみて…緊張していた顔が少しほぐれた。



「いろは殿、後ろの敵は頼んだでござる」

「うん、わかった」







***********









トンッ



サスケが塀の上から投げたクナイが屋敷の壁に命中し、見張り達が騒ぎ出した。


「な、何奴!?」


クナイが刺さった方へと見張りたちを誘き寄せて、屋敷内へと続く門がガラ空きになったことを確認してから、
わたしとサスケは塀の上から地上に降り立った。



「カラクリと女とは…舐められたものだ」

「加減はしないぞ、覚悟しろ!」


見張り二人が鞘から刀を引き抜いた時、
その後ろではゴエモン達は駆け足で屋敷の中へ。



…よかった
作戦通り!


一生懸命走るエビス丸の可愛いおなかがたぷんたぷん揺れていて、ちょっとだけ笑いそうになった。



「生かしておけんぞ!」

「死ね!」



二人の大きな声と刀を振るう音にハッとして
両手に持っていたクナイで刀を弾きかえす。

やっぱり男の人は力が強い、
相手の攻撃を防ぐことで精一杯。


でも、今回の目的は悪代官からお金を奪い返すこと。

いくら悪いことをしている奴らだとしても
殺したりなんて出来ない。
だから、わたしもサスケもゴエモン達が帰ってくるまでの間の時間稼ぎということ。

どうにかして、相手の動きを封じれないかな

封じるか、気を失わさせるか…





「いろは殿!危ない!」

「!」

「フン!遅いッ!」



サスケの声で振りかざされた目の前の刀に気付けたけど避けるのが遅すぎて、刀が左腕を掠った。

何してるんだ、わたし、
サスケが呼んでくれなかったら……。


すぐ隣にある死の危険を頭から追い払って、もう一度クナイを持ち直す。

相手も刀を持ち直し、わたしに向けて何度も何度も振りかざす。



「運のいい奴だ」


考えなきゃ、どうしたら


「避けてばかりじゃどうしようもないぞ!」


どうしたら傷付けずに


「終わりだ!」



……!

ここだ…!




わたしへと向けられた刀をしゃがんで避けて
狙うのはこいつの足元

わたしにばかり気を取られて、隙がありすぎる。

勢いよく足払いを仕掛ければ綺麗に倒れてくれた。



「くッ、こいつ…!!」

「ほんとに運がよかったよ」


うつ伏せになった敵に跨って首にクナイを押し当てれば素直に大人しくなった。


サスケの方へと視線を向ければもう終わっていたようで
わたしも忍具袋から縄を取り出して両手、両足をキツく縛る。



ほんとうに、よかった。
かすり傷だけですんで…。

中のゴエモンたちは無事だろうか…



「いろは殿!大丈夫でござったか!?」

「ごめんなさい。
サスケが呼んでくれなかったら、わたし…」

「何を言うでござるか?!拙者が守れなかっただけでござる…本当に申し訳ない…」


わたしの失敗なのに自分のことのように謝り続けるサスケ、

わたしが、謝らなきゃなのに…。


……あれ…、なんか、視界が霞む…。



「…!これは…!
出血が…!」

「か、掠っただけだから、大丈夫、だよ…」

「袖、捲るでござるよ!」


わたしが頷く前に袖をめくったサスケは顔色を変えたように絶句した。


「毒…!
あの刀には毒が塗られていたようでござる」


毒……だから掠っただけでこんなにも…


「ん…!サ、サスケ!」

「少しの間、我慢してくだされ」



霞んだ視界の中、左腕に感じたチクリとした痛み。
視線を向ければ、傷口をサスケが吸っていた。


「そんな、サスケ…!
そんなこと、したら、サスケにも毒が…」

「忘れているでござるか?拙者はカラクリでござる。
辛いでござろう、いろは殿、あまり話さない方がいいでござる…」

「っ……」


ああ、迷惑かけてばっかりだ…


こんなだから、ゴエモンにもあんな顔をさせてしまって………









ーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーー

ーーーーーーー

ーーーー









あの後、サスケのおかげで自分で歩けるようにはなったけれど
出来るだけ安静にしておかなきゃいけないからゴエモンにおぶってもらってしまった。

帰ってきたときのゴエモンたちの心配そうな顔がわたしの頭に焼き付いて、
自分が情けなくて、悔しかった。

なんでわたしはこんなに無力なんだろう。
みんなの役に立ちたい、みんなの横に並んで闘っていきたい。

泣きたい気持ちでいっぱいだったけど、
ここで泣いてしまったらほんとうにどうしようもなくなってしまう。

泣かない泣かない泣かない。
拳を強く握って、唇を強く噛んで、涙を堪えた。







*************





「いろはちゃんいるか?おいらだけど」

「あ、ゴエモン…」


あれから2日たって、ゴエモンがお見舞いに来てくれた。
昨日だって3人で来てくれたのに。

一応わたしが女だからか、玄関からあがるのを躊躇ってる様子にちょっとだけ笑ってしまった。

そんなことには気付かずにゴエモンは意を決してどたどたとわたしが横になってる布団のほうへ。


「ごめんね、昨日も来てくれたのに何のお構いも出来てないや」

「あ?いーってんなもん、おいらが勝手に来てんだから!
これ、いろはちゃんのすきなみたらし団子」

「わあ…!ありがとう!」


昨日だって私の好きなよもぎまんじゅうを買ってきてくれたのに、なんて優しいんだろ。

布団から起き上がって、大好きなみたらし団子用にお皿を取りに行った。











「…なあ」

「ん?」

「なんかやましいこと考えてんだろ」

「え…」


ふたりで他愛もない話をしていて、
会話が途絶えたときにゴエモンが言った。

その言葉はわたしをどきどきさせる。
感情が表に出てしまってたのかな。



「やましいってか、なんつーか…
まだ根に持ってんだろ、あん時のこと」

「……」



思いっきりバレバレだ
あの時みんなの役にたてなかったこと、ずっと引きずってる。

みんなの足手まといになってしまってるんじゃないか、とか
わたしより優秀なくのいちなんてたくさんいるんじゃないか、とか
わたしが、いないほうがいいんじゃないか、とか

心の中からたくさん出てくる。

ゴエモンに言おうと口を開いたら
自分でも驚くくらい唇が震えてて、声がだせなかった。


わたしの顔を覗き込むゴエモンと目があって、瞳に涙がたまってしまう。
泣きたくなくて不自然に目をそらした。



うつむいて目に写るのは掛け布団をぎゅっと強く握りしめたわたしの手。

…そこへとゴエモンの大きな手が重なる。



「誰だって弱いさ、おいらだってみんなだって。
それを補ってくのが仲間だろ?

おいらなんてさ、何回も何回もおみっちゃん攫われて、怖い思いさせてさ、
情けねーったらありゃしねえ!

けど、いろはちゃんやみんなが協力してくれたからいつも助けれてる」

「ゴエモン…」

「だから、な、いろはちゃん。
気にすることなんかなんもねーよ。
おいらたちがついてんだから」



わたしの手に重ねられていたゴエモンの手は
いつの間にかわたしの瞳から溢れた涙をぬぐってくれていた。

ああ、そっか、大丈夫だよね。
わたしひとりなんかじゃない


「大丈夫」



ゴエモンはわたしの涙がとまるまで
ずっと頭を撫でてくれていた。
















*************






「んじゃあ、こっからまた二手に別れるぜ。
サスケといろはちゃん、あとで合流な」

「承知」

「わかった」


あれから毒も傷口も完治して、復帰することが出来た。

でも傷が完治したって、あの時ゴエモンが励ましてくれていなかったらここに立っていなかったかもしれない。


ゴエモンはほんとうにすごい人だ。
頼れるみんなのリーダー


わたしもあんなふうになりたいな

ううん、なりたいんじゃなくて、ならなくちゃ


「よし!」

自分の頬に自分の両手でパンッと平手打ちをすれば、サスケがまた笑っていた。


「いろは殿、今回も
いや、これからも一緒に宜しくお願い致す」

「!」

「後ろの敵は任せたでござるよ」

「うん…!」




そう言ってくれたサスケは走り出す。

あの時のことを思い出せばまた不安がよぎってしまって、頭を左右にふった。


"大丈夫"


そう、大丈夫


ひとりなんかじゃないんだから




わたしもサスケのあとに続いて
走り出す。



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