「……うわ」

 扉を開けた瞬間、あまりの埃っぽさに大助は顔を顰めた。
 長いこと就いていた監視任務がようやく終わり、念願叶って桜花市へと戻ってきたのだが――
 一年以上留守にしていたマンションの一室は、当たり前のごとく換気もされておらず、ずいぶんと酷い有り様となっていた。
 あまり物を置く性分でもなく、少し片付けていけば誰かに管理を任せなくても大丈夫か――などと甘い考えで出ていったのがまずかった。家賃や公共料金、その他諸々の支払いなどは上司である土師圭吾に任せていったのだが、これなら部屋の掃除や換気も頼んだ方が良かったかもしれない。
 最初はそうしようかとも思ったのだけれど、長い付き合いとはいえ仮にも上司だ。流石にそんな雑用紛いのことはさせられないだろう。柊子さんも同様の理由で任せられないし(そうでなくとも彼女が掃除が得意とは思えなかった)、他の知り合いとなると何をしでかすかわからないような連中ばかりである。
 そのため、結局放置して今に至った訳で……自分のことながら、あまりの交流の狭さにため息の一つも出るというものだ。
 まあ、今更後悔しても仕方ない。幸いなことに今日明日と任務も入っていないし、地道に掃除していくことにしよう。
 靴を脱ぎ、リビングまで歩くと、うっすらと埃の積もった廊下には大助の足跡がくっきりと付いた。



 ようやく終わった、と干したばかりの布団に大助は身を埋めた。
 埃一つない、とまでは言わないが、少なくとも一年前にこの部屋を出た時よりかは綺麗になったであろう室内を見渡す。
「あー……忘れてた」
 昨日ここに戻ったとき、部屋の隅に放ったスポーツバッグがそのままだ。中身の片付けをしていない。
 終わったと思ってからの、こういう細かい片付けが面倒なんだよなあと身体を重くしながらベッドを出る。
 スポーツバッグから着替えや日常品を取りだし、元の場所へと仕舞う度、意外と覚えているものだと不思議に思う。
 一年以上別の家に住み、別の部屋で暮らしていた。もう少し、今までの日常を忘れているものかと思っていたのだ。
 あれだけ埃臭くなるくらいには、長い年月で。
 一晩で掃除してしまえるくらいには、短い日々だったのだろう。
 どれほど迷って、どれだけ喚いて、どんな思いでもう一度この場所に戻ってきたかなんて、自分にしかわからない。
 それは、他人にとってはちっぽけな出来事の一つにしか過ぎないとしても――
 俺にとっては、かけがえのない一年間だったのだから。
 楽しくて、嬉しくて、幸せで、最後には悔しさしか残らなかったとしても。
 決して、なかったことにはならないのだから。
 スポーツバッグの横に置かれたビニール袋が視界に入り、大助はそっと中身を取り出した。
 帰り道。ショーウィンドウに飾られた写真立てを見て、つい買ってきてしまったのだ。
 装飾などは一切施されておらず、淵が銀色になっただけのシンプルなものだったが、大助の好みには合っていた。
 ――バッグの中からホルス聖城学園と書かれた生徒手帳を取り出すと、折らないようにとそこに挟んでおいた写真を取り出す。それを買ったばかりの写真立てに入れ、ラックに飾った。
 小柄な女の子が大助の首に手をまわし、ヴイサインをしている。両隣には笑顔と困惑顔という対照的な二人の少女の姿もある。
 その真ん中に、諦め顔で笑いながら映っている自分の姿があった。
 必要以上の記録を残しておくことを禁止されている特環に所属し、家族の写真を全て焼いた。監視任務が終わった際、クラスメートと映った写真も、学園の行事などで撮られた写真も全て捨てた。
 けれど、たった一枚。
 この写真だけは捨てることができなかったのは、要するに――そういうこと、なのだろう。
 最高で最悪のバッドエンドなんかじゃあ、ないのだろう。
 ……自然と、笑みが浮かんだ。
 

 窓から差し込んだ光が、写真立てに反射する。
 眩しく光る銀色の輝きに目を細め、大助は写真立てを伏せた。






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