初めて手にした銃は、まだ柔らかい大助の手に重く沈んだ。
 小学生という幼すぎる少年に対し、両手でも収まらないそれは不釣り合いを通り越して滑稽にすら見える。

 ――初めて会った時、水鉄砲を持っていただろう?

 しようと思えば武器でなくとも同化できる中、何故これを選んだのか。尤もなその質問に対し、スーツの青年はそう答えた。
 それにしたって、もっと軽い銃はいくらでもあっただろう。
 愚痴っぽく漏らすと、青年が口元を吊り上げる。

 ――君の持つ武器は、重い方がいい。

 非効率的なことはしない男だ。大助にはわからずとも、何かしらの含みがあるのだろう。
 彼の頭が人より回ることも、考えを理解しようとすることが如何に無意味であるかも、小学生ながらもうとっくに理解していた。
 重い方がいい。
 首を傾げ、眉を潜めるしかないこの言葉を、いつか理解できる日がくるのだろうか。




 ……古い記憶。
 あれはいつのことだったろう。
 そう考えてから、銃を支給された日のことなんだから特環に連れられてきたばかりの頃だろうと思い至る。視線の位置も今より低かったし、手だってまだ骨ばってはいなかった。
 どうやら、自分は思っていた以上に頭の中が擦り切れてきているらしい。
 夢の中の出来事がついこの間のことのようにも思えるし、ここに収容されるきっかけとなった大喰いとの戦闘が生まれる前の出来事のようにも思える。
 時間の感覚だけではない。視覚も、聴覚も、触覚も、味覚も、嗅覚も、五感全てが異常と言えた。
 誰もいないはずの鉄格子の向こうで、何十人何百人という数の虫憑き達が地に伏した大助を見下ろしている。ざまあみろと吐き捨てながら、執念深いギラギラとした視線で大助を差し貫く。自分の身体を触っても、鉄臭い床との違いがわからなかった。カラカラに乾いた口の中、ゼリー状になった血の塊を飲み込んだのか噛みきった舌を飲み込んだのか区別がつかない。
 正常な視界を取り戻したところで、目に見えるのは暗闇だけだ。床の色もわからず、地に足がついている感覚もない。
 それでも、大助が欠落者にしてきた虫憑き達が叫ぶのだ。
 あと一歩、先へ。
 もっと前へ。
 進め。
 走れ。
 戦え。
 かつて胸に抱いていた夢を、まるで最後の嫌がらせのように、打ち砕いた張本人へと託していく。
 何人もの顔が、浮かんでは消えていく。
 叫び声が掻き消え、無音の暗闇が大助を襲った。
 途方もない無力感と虚無感。
 どうしようもない苦痛と孤独。
 それら全てが大助に重くのし掛かり、立ち上がることもままならない。
 “かっこう”としての自分が、“最強の一号指定”というレッテルが、“薬屋大助”を押し潰す。
 誰よりも強くなればいい。未だ空席のそこに君臨すれば、何かが変わると思っていた。信じていた。憎悪や怒り、妬みや恨み。身勝手な幻想と期待、わずかな希望。そして夢。何もかもを背負い、そこまでいけると自分に言い聞かせるようにして歩いてきた。
 けれど、立ち止まり――気付いてしまった。
 背負っていたもののが、どれほどのものだったのか。大助が倒れた時、どれだけのものを失うことになるのか。
 自分のためだけに生きることを許されない、その重み。

「俺は、ただ……」

 出した声は、掠れていた。
 声を出したのはいつ以来だったか。
 一時間前? 一日前? 一週間前? それとも一ヶ月前だろうか?
 もう、どうでもいい。

「居場所が欲しいだけなのに……」

 どこまでいけば、それは見つかるのか。
 そんな場所、どこにも存在していないのではないのか。
 それとも、行き着いた場所がこの暗闇だと言うのなら……ここがそうなのかもしれない。
 何もない、この鉄臭いだけの暗い世界が、俺がいてもいい居場所なんだとしたら――
 傑作だ。自嘲気味に呟いた。
 ――私がシアワセになれる居場所が欲しかった。
 同じ夢を抱いていた彼女を見殺しにするしかなかったのは、自分が弱く、それ以上に甘かったからだ。
 ――私は、虫憑きを救いたい。
 自分の力で立ち上がり、初めて夢を抱いた彼女を犠牲にするしかなかったのは、自分が子供で、それ以上に弱かったからだ。
 いつだって、手を伸ばせば届くところにいた。いつだって、何かできる場所にいた。
 それなのに、俺はいつだって何もできなかった。

 ――うん、約束。

 小さな、白い光。
 それは、うっかりすると見逃してしまいそうなほどに、小さな光だけれど。
 言葉とも嗚咽ともつかない声が、ボロボロになった大助の喉から漏れた。
 母に捨てられ、姉に見放され、この身一つになった、何も持っていない自分。
 空っぽで、ちっぽけで、無力だった俺に託された、初めての存在。
 思い出すのは、あの輝き。あの重さだ。両手でも収まらない、初めて手にした“武器”の重量。
 それは、初めてこの手に託された、オレの――