毎週の月曜日と水曜日に発売される雑誌をコンビニで立ち読みするという行為は、もはや国民の義務と化していると久瀬崎梅は思う。
 ランドセルを背負った小学生、短すぎる制服のスカートを履いた女子高生、スーツを着たサラリーマン、アイロンがかかっていないようなしわくちゃのYシャツを着た酒臭い中年親父まで、老若男女問わずページを捲っているその様は、そう言っても決して過言ではないだろう。
 その人の群れをいかにも迷惑そうに眉を潜めて品出しをしている店員を避け、水着姿のグラビア女性が表紙を飾っている少年雑誌を手に取った。
 巻頭のグラビアページをパラパラと飛ばし見しながら、口元や目元にホクロがあるというのは何故色っぽく見えるのだろうというどうでもいいことを考える。
 梅などは自分の鎖骨にあるホクロがセクシーでチャームポイントだと自覚しているのだが、目に見える場所にあるホクロをコンプレックスに思っている女性は多い。が、なかなかどうして、それを好む男は多いのだ。
 正面きって胸元を覗き込み「セクシーだね」などと言う人間には、なるべくお目にかかりたくないけれど――と思ったところで、自分がすでにそれをやってのけた人物と出会っていることを思い出す。
 初対面にして「ところでお前、胸元のホクロがセクシーだな」と面と向かって口にした少年は、色々な意味で別格だろう。
 世果埜春祈代。
 今頃どうしているのだろうか。
 “不死”とかいう虫憑きと運動場で戦っていたのを最後、ここ最近会っていない。
 巻き添えになるのは御免だったので、あの戦闘を最後まで見守ることもしなかったのだ。
 頭の片隅で人生を謳歌している魔人の笑い声が聞こえる中、梅は雑誌のページを捲った。
 戦闘中、場違いなほど熱い告白を行っている主人公とヒロインの姿に、脳内で響いていた春祈代の笑い声が更に大きくなる。
 “ハンター”、花城摩理。春祈代が追い続け、同時に恋い焦がれている人物。
 もし花城摩理に出会うことができたとして、彼はそれでいったいどうするつもりなのだろう。この漫画の主人公のように好きだだの愛してるだのと叫ぶ青年の姿を想像し、梅は心の中で苦笑する。
 花城摩理も大変だ。
 あのちりちりと焦げ付くような視線は、近くで見ているだけの梅ですら「うわぁ」と思う。
 よっぽど入れ込んでいないと、あんな瞳にはならない。視線を送られている当人はさぞ疲れそうだ。
「……まぁ、もう死んじゃってるし、関係ないか」
 ポツリと呟く。
 唐突な梅の不穏な発言に何人かが気味悪そうな目で、不審そうに振り返り、他の人間は気にも止めずに雑誌を目で追っている。
 振り返った一人と目が合い、にっこりと笑い返して梅は雑誌を棚へと戻し、店を出た。
 店員の「ありがとうございましたー」というやる気のない声を背に、空を仰ぐ。
 日差しが強くなってきた。ゆっくりと形を変えながら移動している雲は段々と夏のそれになってきているし、今週に入ってからは長袖を着た人間も見かけない。
 一年に一度。今年もまた、夏がくる。
 どこへ向かうわけでもなく歩を進め、携帯を開いた。
 ……思い出したら会いたくなった。
 読み仮名など関係なくアドレス帳の一番上に記された「世果埜春祈代」の文字をクリック。機械音が流れる携帯を耳に当てた。




「そろそろ振られた?」
「はっは。毎度のことながらいきなりご挨拶じゃねぇか、このガキ」
「やめてよう、やめてよう」
 や、と軽く手を上げながらそう言うと、春祈代に頭を鷲掴みにして揺さぶられる。軽く気持ち悪くなりながら抵抗すると、すぐに興味をなくしたように放された。
「振られたんじゃねぇ、振ったんだよ。花城摩理みてーな期待ハズレはこっちから願い下げだ」
「え?」
 まだまだ花城摩理にご執心なのだろうと思って言った梅にとって、その言葉は予想外のものだった。
 以前、花城摩理がすでに病死していることを知った際、春祈代は今と同じく「期待ハズレだった」と喚き散らしていた。何を思ったのか、特環に殴り込みまでかけていた。だが、前回会った時にはこう言っていたはずだ。

 ――でもな、一之黒亜梨子に乗りうつった“花城摩理”を見て、確信したぜ。
 ――ああ、こいつだ――ってな。

 梅よりも幼い子供のように、楽しげに笑っていた少年の姿。
 一年以上も一途に思い続け、更に病死したとあっても尚諦めていない少年に、梅はすっかり呆れていたというのに。
 それを、自分から振った?
「いきなりどうしちゃったのさ?」
「あぁ? 別になんだっていいだろうが。初恋は実らないってこった。てめぇも気をつけろよ」
「いや、その迷信は知ってるけど……」
 迷信は迷信に過ぎないだろう。
 答えになっていない少年の返答だったが、これ以上聞いてみたところで詳しい返事が返ってくるとも思えない。
 それに、花城摩理に関する出来事には極力関わらないことにしていた梅が聞いてわかる話かどうかも微妙なところだ。
 まぁいいか。
 彼が興味をなくしたというのなら、それこそ本当にどうでもいい。
「じゃあ、もうこの街ともお別れか。次はどこに行くの? まだ行ってないし、南のほう?」
 いい加減、中央本部の包囲網も鬱陶しくなってきた。
 春祈代もそう思っているだろうと言った言葉だったのだが――
「いやそれがな、ちょっとばかし留まる羽目になった。一之黒亜梨子――実力的にはまだまだだけどな」
 はっは。愉快そうに、春祈代が笑う。
「一之黒亜梨子さん……って確か、花城摩理さんが取りついてるっていう……」
「ああ。花城摩理の親友らしい」
「実力的にはまだまだってことは、強くないんでしょ?」
 強い人間を求めている春祈代の、この街に残る理由にはなり得ないように思えるのだが。
「『人として大事なモノが欠落した人でなしは、それなりに強ーんだよ。逆に何も失わずに強くなろうっていう贅沢モンは、死ぬ気で経験積むしかねぇ。そーゆーヤツのほうがしぶとくて好みなんだが』――って、この間言っただろ? 花城摩理は前者に近かった……いや、結局どっちつかずの半端モンだったんだが、それは置いといてだ。一之黒亜梨子は、その逆だ。コイツは完璧な後者なんだよ」
「何も失わずに強くなろうっていう、贅沢モン?」
 ああ、と頷く春祈代。
 精悍な顔を覆っているテープとタイを触っている少年は、花城摩理を探し始めた時と似た瞳をしている。
 期待と歓喜に満ちた、恋焦がれているような――焼け付くような視線。
「惚れやすいんだね、ハルキヨは」
「誰があんなバカ女に惚れてんだコラ」
 怒られた。
 男のツンデレって需要あるのかなぁ。
「ねぇ、ハルキヨ」
「んー」
「振られたら教えてね」
「なんだよ、嫉妬しちゃってんのか?」
「違うよう」
「照れんな照れんな」
 春祈代の自意識過剰。でもない。事実、梅は嫉妬しているのだった。
 お互い虫憑きになる前からの知り合いだし、春祈代の願いもなんとなく知っているし、春祈代以外の人間を燃やし尽くしてきたという災厄からも生き延びたことがあったし、多少なりとは自惚れておかしくないと思う。
 なにより、春祈代に近寄ってきた仲間のようなそうでないような知り合い達が多くいる中、やはり一番近くにいるのは梅である。
 花城摩理の話しかしなくなった時はもちろん、一之黒亜梨子になにやら相当な興味を示しているこの状況で、気分がいい訳がない。
 以前と同様、彼が飽きるのを待っては「そろそろ振られた?」と聞いてみることしかできないのだ。
 長所であるはずの彼の一途さは、こんなときには厄介でしかない。
 梅は嘆息し、気長に待つボクってハルキヨより一途だよねぇと呟いた。
「さっさと振られちゃえばいいのに」
 残念なことに、これより先、春祈代は二年以上にかけてその少女を追い求めることになるのだが――
 少女が春祈代に何を言い、何を約束したのか。
 極力花城摩理と一之黒亜梨子という』ライバル”に関わらないようにしていた梅は、ペルセウス座流星群の夜に何が起きるのかすら知るよしもなく。
 ――今年の夏は何をして過ごそう?
 一緒に遊んでいられれば満足という子供らしい気持ちを抱えて、炎の魔人の隣で笑みを浮かべた。








夏到来








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