「マスターになったからには、もう軽々しく接してはいけません」
先日、正式にラーが僕のマスターになった。
ハワード様は早々に引退し、ラーが当主になったから遊び放題だと会えなかった友人や女性を引き連れどこぞへと旅立ったままだ。
「わかっているとは思いますが、前日までのような接し方をつい出さないよう注意して下さいね」
ブエナが右手で眼鏡を直した。
つい出さないように、は出来るようで意外と難しい。
マスターと呼ばなければいけないのにラーと言いかけるなどは未だしょっちゅうやっている。
耳が痛い話しだ。
「もう二度と、喧嘩する事もできないんだね」
「ええ」
「何だか不思議だ」
「二度と、とは限りません。現在のハワード様のように、マスターを子に託した後になりますが」
「……マスターの妻になる女性は想像できないよ。あのテンションについていける女性が現れるんだろうか」
「さあ、どうでしょうか。ラー様もあれで女性には好かれていますから。いざとなったら私かビスタと言う逃げ道もありますし」
ガールフレンド百人計画と言っていた位だ。
僕が知らないだけで、それなりにはいるんだろう。
それなら婚姻の式はきっと早い。
結婚して子供を育てて引退して、それまでにさて何十年かかるかな。
先の長すぎる話しは、今の僕にとっては「二度と」と言っていい程に長い。
「ああ、先ほどの前のように堂々と愛し合う方法でしたら」
「誰もそんな事言ってない」
「夜伽を命じれて頂ければいいのです」
何を考えているのかわからない笑みを崩さず、僕の話しを聞かないままブエナは言ってのけた。

++++++++++++++++++

「夜伽、って、何て事を簡単に…」
「何ぶつぶつ言ってんだ?」
「ひっ!?」
いつの間にいたのか、背後からいきなりかけられた声の主はラーだった。
聞かれていないかと心配したが、反応からして聞かれてはいないようだ。
「びびりすぎじゃねぇのか?」
「ラ……あ、いえ、マスターがいきなりいるから――いましたから、いつの間に」
「どうしたんだ?何かおかしいぞ、お前」
「言えません」
キッパリと言うと、ラーは教えてくれえええ!!と叫ぶ事もせずしぶしぶと頷いた。
ラーも大人になった……って、子供の僕が思う事じゃないんだけど。
ソファーに座ったラーの近くに立つ。
マスターになる前に、心機一転と予告無しに刈り揃えて来た赤い髪。
だらだらと長かった赤い髪よりも、確かに似合っているし当主らしい。
昔より少しだけ伸びた緑の髪を縛る赤いゴムを触り、元の持ち主の後ろ頭をもう一度眺めた。
「うおっ」
ぐい、とラーの頭を掴んで、引き寄せる。
昔も一度、こうして後ろからラーの頭を引いた覚えがあるなと思う。その時は思い切り頭を上げさせて瞼の上にキスをしたんだけれど。
「ジェフ、」
もう切られた長かった赤い髪。
なくなっていく昔の面影に思いを馳せて短い髪にキスをした。好きだと言って今すぐに抱き締めたい想いは確かに未だ存在して、出来うるならば命令でも何でも夜伽だと言う名称でもラーと抱き合いたい。
大罪だとわかっていても。
この息苦しくなる程の想いが存在するのだ。
「……すみません、マスター。勝手な無礼をお許し下さい」
「んな言い回ししてそんな謝んな。今は俺達しかいねぇんだ」
「それでも、です。僕達が何も気にせず話すのは、何十年も後になったらですから」

願ってるよ、ずっとずっと。
また君とくだらない言い合いをできる日を。





髪に切望のキスをする
┗お題提供:Aコース





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