キツい位の香水の匂い。 口付けた際に自分の唇にも付いた口紅を舐めとる。 「苦ぇ」 そう言うと、ガールフレンド(えーと二十何人目だったか?)の女性は「子供みたい」とおかしそうに笑った。 伸ばされた長い髪を持ち上げて見ると、大分肌を露出した服は背中も大きく開いている。 女の子より女性と言った方がいいその女性の腰に手を回しながら、女性とは真逆な緑頭が恋しくなった。 自分でも思うが、かなりの気分屋で我が儘だな。 あの緑の頭はもっと低い場所にあって、ちょうど顎を乗せられるんだよなぁ。そう考え女性の頭に頬をすり寄せながら横を向くと、5メートル先に本人がいた。 目が合う。 怖いまでに無表情だった目が険しい目つきに変わり、人気の無い道を歩いて行ってしまった。 「ちょぉおおっと待て!!」 一瞬時が止まったぞ。 くびれた腰に回していた手を離し手を伸ばす。 止まる事無く歩いて行く体とその場に止まったままの体が近付くなんて事はもちろん無く、伸ばした手は遠ざかるばかりだ。 「知り合い?」 女性が尋ねてきた。 「妹だ!」 「違う!!」 叫んだ直後、遠ざかった筈の体が否定の声を上げた。それで動きも止まる。 「じゃあ別の彼女?」 「そ」 「否定しろ!!」 女性の2つ目の辿り着いた答えに肯定しようとするが、またもや否定された。 否定の声を上げた緑頭は遠ざかっていた癖に、わざわざ近付いて来て足を思い切り踏んできやがった。 足は痛いが、遠ざかる背を止めるだけじゃ無く近付けまでできたのだから問題なしだ。 「フハハハハ!ジェフティ捕まえ」 「じゃあ。ごゆっくり」 抱き締めようとしたら体を屈ませ避けられた。 行き場の無い腕は勢いよく自分を抱き締める。 そんなラーを一瞥してから、ジェフティはスタスタと歩いて行ってしまった。 後ろで呆れた顔でラーとジェフティのやり取りを見ていた女性を思い出す。 追い掛けたいのだがどうしたものかと思いながら、結局女性に片手を立てて謝る姿をとった。 「あ〜っと悪ィ!また連絡すんぜ!」 「っもうー今度会ったら奢ってよねぇ」 わかった、と手を上げて返事をする。 あまり怒った様子が無いから、まあ今は気にせずともいいだろう。 「待て待て待て!!」 「あの女性とのデートはいいの? 今から一番良いシーンだったみたいだったけど」 「そういう気分じゃなくなった。お前こそ何であんなとこ居たんだよ」 「船への近道」 膝下まであるマントが不機嫌そうに揺れる。 早足に歩いて行ってしまう背からは表情は分からないが、表情を殺している無理な表情をしているのだろう。 失敗した。まさか見られるとは。 ジェフティだって俺がガールフレンド百人計画を行っているのは知っているし、俺が一人に縛られるのを嫌っている事を知っているから何も言わない。 それでも、独占欲の強いコイツの事だ。 納得したふりをしているだけで、納得などしてないに違いない。 だから他の女といるのは見せない様にしていたんだが(見られたら俺も女もどんな制裁に合うのかわかったものじゃないしな)。 「なんで」 何を言ったものかと俺らしくも無く考えていると、決して口を開かなそうに思えたジェフティから口を開いた。 「恋愛として僕を好きだと、そう少しでも想って付き合ってくれているなら、何で」 まだ、他の女性とそう言う事をするんだ。そう、聞き取れるか聞き取れないかと言う程小さな声で続いた。 「あれはただの浮気だ」 浮気と言うのは断じて“本気で好き”になっていないから浮気なのだ。 言うなれば一夜限りで女遊びをする店に行ったようなもの。 そんな自分とジェフティの価値観の違いを知っていながら口にした言葉。 「だからそれがダメなんだ。君は浮気を浮気と思わない。本気で好きな訳じゃないからいいと、そう思うだろう?でも、例えそうなんだと思っても僕には耐えられない」 「お前の独占欲が強いのはわかってる、けど俺は」 「僕に縛られたくはない。それもわかってる。から、進む事も戻る事もできないなんて、僕にはどうしたらいいのか分からないんだ。僕だけのラーでいて貰う事もできない。でも、もうただの幼なじみにも戻れない」 今までの何も語ろうとしなかったのとは裏腹に、ジェフティがつらつらと気持ちを吐露してくる。 「どうあっても君を僕のものにはできないと知りながら好きだと思うなんて、これ以上不毛な事は無いよ」 語尾が震えた。 これ程までに感情を語った事はあっただろうか。 無い、と思いかけたが、思い出してみればたまにある。 いつも感情を語らない分、二人になった時は急に甘えてくる事があるのだ。 どんなに最年少ヴァリアントだ天才博士だと言われても、結局はまだ子供と言う所だろう。 「だからだな、お前が思ってるより俺はちゃんとお前の事が好きだ」 「うん。それでも、ラーには多分僕の気持ちは重い…と、思う」 あー。うー。……うーん。 好きだと想ってくれているのは嬉しいが、束縛されたくないとジェフティから逃げていたりする俺に、今の言葉は確かに反論できない。 俺はそんなに言い難そうにした顔をしていたのか、ジェフティは諦めた表情で苦笑する。 「ごめん、困らせて」 「いや、悪いな。俺の我が儘だ」 「本当に。わかってるなら、直してくれ」 「無理だな」 「知ってるよ。だから、僕も我が儘」 神妙そうに服の袖を引っ張られた。 さあ動物園かペンギンのぬいぐるみかはたまた本物のペンギンか、いや遂に船から出されるか。 考えを巡らせ始めた俺に、予想だにしなかった言葉を投げかけてきた。 「あの女性にしようとしてた続き、して」 思わず、歩いて来て少しだけ離れた、女性と入ろうとしていたホテルを横目で確認してしまう。 ……これ以上の我が儘なんて無いぞ、まったく。 嫉妬生成マシーン |