外を見渡せる渡り廊下に佇むのは、派手なワイン色の携帯を握ったヴァンと僕だけ。
睨み合う様にし対峙しながら、雨の降る音だけが響く。
雷が鳴る。
それを合図とした様にヴァンの顔付きが変わった。
「クックック…そんなに俺の正体が知りたいのか?」
正体、と聞きこの男はやはり重大な何かを隠しているのだと確信する。
信用したいのに。
味方と断言できる要素が全く無い。
「隠し事をされたままでは、信用したくてもできない!」
元上司、嫌に思う事の方が絶対的に多かったが感謝だってしているし、信用だって…していた、かった。
ライカに追わせなかったのも。
アーサーに追わせなかったのも。
本当は、『全て自分の思い違いでヴァンは信用していいんだ』と自分の目で確認したいだけだったのかもしれない。
「そう、か。今の俺はな、血をすする化け物だ」
雨音が勢いを増す中、空が光り先ほどより大きい雷が鳴る。
ヴァンの顔が逆光で今どんな顔をしているのか見えない。
それでも、こんなバカなただの、冗談。
昔の様に、からかった笑い面で見ている事だろう。
頭に、ブエナから聞かされた情報がよぎる。

――吸血鬼伝説。

「お前が吸血鬼だって?からかうのもいい加減に「この牙がその証拠さ」
…お願い。
期待を込めて失笑した。
そんな僕の声を遮り口を開き、歯を見せる為に口端を指で引っ張った。
ギラ、と暗闇の中にも関わらずソレは鈍い光りを放ってジェフティの目に映した。
「なっ…」
「あ〜ァ、追い掛けて来なければ優しい教授のままでいてやったのになぁ」
ヴァンがジェフティに歩み寄る。

『場所が場所だけに、何だか気味が悪いね』

ブエナから説明を受けた時の自分。
苦笑し、バカみたいだと信じる事などしなかった。
「ヴァン…冗談だろう?嘘だと言ってくれヴァン!!」
目の前に体がある程近くなったヴァン。
既に微かな希望さえも残されてなどいないのに、たったの二文字が聞きたくて縋り付く様にヴァンの体を跳ね退けた。
「ハッハッハッハッ!…じゃ、悪く思うなよ?」
そんな無為な現実からの抵抗も虚しく襟を掴まれ、ヴァンが腰を屈めた。
背伸びする形になり、足がもつれヴァンの肩に寄りかかる。
首に指が這わせられ、ヴァンが指を這わせていた場所に口を寄せた。
「…っあ」
ぷつり、と首に小さな痛みが二箇所。
眉を寄せ、目を閉じた。
あまり痛みは無い。
ただ、出来事に頭が付いて行かない。
多少の時間がたち、耳元で残りを吸う音と唾液の音が聞こえる。
嫌に生々しく、ジェフティはただぼおっとした頭のまま、ヴァンの肩越しに降り続ける雨を眺めた。
血を吸っていた体が離れ、貧血を起こしたのか体がよろめく。
膝に力が入らず、視界がだんだんと白くなる。
「……ら…」
貧血か何かで倒れるな、と理解した瞬間浮かんだのは列車を追い掛けてきたバカの顔。
やっぱりアイツは連れてこなくて良かった、と思い目を閉じた。


「ん、…ぅ」
「――ジェフティ?」
「……ライカ」
瞼を開けると、そこは古城の一部屋の中だった。
ベッドに寝かされ、周りに人の気配が複数するからライカ以外にもいるのだろう。
「ジェフティ良かった、目を覚ましたのね」
ライカの後ろからぴょこんと飛び出て来たサラが、安心した様に息をつく。
覚醒しかけの体を起こすと、サラから心配そうな声があがった。
「ダメよジェフティ、もうちょっと寝て…」
「大丈夫だよ、ただの貧血だから」
そう言うならいいけど、とサラが頬を膨らませる。
「覚えてるか?ヴァンが、倒れたお前を運んで来たんだ」
「ああ…うん」
ライカの言葉に、ジェフティは先ほどまでの事を思い返す。
雨の音がまだしているし、まだあれからはあまり時間がたっていないのかもしれない。
微かにうつ向くと、髪が流れ顔にかかる。
運んで来た、ね。
そう言う事になってる訳だ。
…本当に、そうなんじゃないかと疑問が浮かぶ。
吸血鬼なんて非現実的なものを信じるより、現実味がある気がした。
「…俺はそろそろ自室に戻る。サラはどうする」
「あ、じゃあジェフティも起きたし…あんまり無理しちゃダメよ、ジェフティ」
「注意しておくよ」
ライカが部屋を出るのに続き、サラが部屋を出る。
一人になった部屋を見渡し、鏡の前に歩み寄る。
髪を手であげ、ヴァンが噛みついた場所に目を凝らした。
「…夢じゃない、か」
二つの、獣が噛みついた後の様な傷口。
できれば夢であってほしかった、なんて、僕は現実に血を吸われても尚そんな甘い事を考えているのか。
「ライカ達に言わないんだな」
扉を開け、入って来たのは血をすすった張本人。
無意識に首筋に手をやり、ヴァンを見た。
「言って、信じて貰えるとは思って無いしね」
それもそうかと納得した様子で腕を組む。
「…君は」
ジェフティが何か言おうと口を開きかけた、その時。
部屋の外から、何やらうるさい程の声が聞こえてきた。
まさか、そう思い机の下にでも何でも隠れようとした瞬間、扉がものすごいいきおいで開きヴァンの髪が風圧で吹き飛んだ。
「ジェ〜フティ〜〜!!!」
「ら、ラー!?何でお前がいるんだ!?」
うるさい程の声の主は、考えた通りのここにはいる筈の無い人物。
ベッドの端に逃げるが、そんな事を気にもせずラーは僕ににじり寄って来る。
「ジェフティ達を追い掛けて来てみたら、ビスタに聞けばジェフティが倒れたと言うじゃねぇか!」
「だからただの貧血だからわざわざ来る程の事じゃない。それに、今回はお留守番って言っただろう!」
ラーは話しを聞く気配も無く、俺は心配で心配で…と泣き始めている。ああ、胃薬はどこに置いたかなと部屋の中を見回した。
扉の少し前で呆然としているヴァンを見付け目が合う。
「何だ、ジェフティ達の仲間か?」
「まあね」
「ん?ジェフティ、誰だ?」
ラーとヴァンが同時にジェフティの顔を覗き込む。
「ラーは仲間、こっちは僕とライカの師匠ヴァン・ヘルシング」
順番に指差し簡単に質問に答える。
「ラー…ハワードの息子か」
「何だ、親父の知り合いか?」
「ラー、らー。ほーお、へーえ」
不思議そうな顔をするラーを無視し、ジェフティをじろじろと見る。
その顔は面白い事を発見した様な楽しそうな笑み。
「…何」
「さっきの『ら』はコイツ、か」
「な、名前呼んでたか、僕?さっき…?倒れる前に?」
「そうかそうか、お前にもついに男ができたか」
「誰が誰の男だ!!」
湯気でも出ていそうな真っ赤な顔で反論したが、にやついたヴァンにはあまり意味は無い様だった。








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