ラーが正式に、僕のマスターになる為の儀式。
それが終わった直後から既にラーは僕のマスターなのだけれど、ハワード様の気遣いでラーをマスターとして接するのは明日から、と言う事になった。
本当はいけない事だけれど、せっかくの気遣いだ。
そうして、明日まで。
後数時間程度の少しだけの時間、僕はラーの部屋で過ごしていた。
ふざけ合って、口喧嘩をして、昔話しをして。
時間なんて、あっと言う間に過ぎて。
「あと少し」
時計を見れば、針は既に12時10分前。
「もうこんな時間か」
ラーが苦笑いし、頷く。
近付いたラーに頭をわしわしと撫でられ、どうしてももう時間がきてしまったのだと思い知らされる。
「ラー」
沈黙。
おとなしくなんて、していて欲しくなかった。
うるさいだけの喋り声を聞きたかった。
せめて最後まで、いつも通りに過ごして欲しかった。
「…ラー」
声がかすれた。
時計の針が、異様に煩かった。
沈黙が、怖かった。
「好きだぞ」
頭に未だ手が乗せられているまま、ふいにラーから告げられる。
兄からの言葉としていつも言われていた言葉は、今は違う想いが含まれている気がして、でもきっと――絶対にそんな事は無いんだ。
兄弟としての感情では無い僕の感情に、最後少しでも応えてやらなきゃとか、そんなバカなラーの想いなのかもしれない。
決して僕と同じでは無い『好き』だなんて言葉、そんな言葉で僕の気持ちを騙せると思ってる訳?
時計を横目に見れば、もう12時1分前を切っている。
…今だけは。

「――騙されておいて、あげる」

バカな、不器用な。
僕の気持ちを考慮したのであろう、その嘘に。

嫌でも訪れる、タイムリミット。
10秒、切った。
3、2、―――1。

カチ。
今までで一番大きな音を立てた時計の針は、真っ直ぐに上を指し12時を指した。
ゆっくりとベッドから立ち上がり、背中を曲げ胸に手を当て、マスターになった者に深く礼をする。
「――…それではマスター、なんなりと御命令を」
ラー様、なんて呼ばない。
「…ハ、そうだな」
ラーはフンと鼻で笑い、思いついた様に言った。

「お兄様、と呼んでくれ」

幾度聞いたかわからない、その言葉に。
前までは素直に首を振って断れたけれど。
深く下げていた頭を上げ、背筋を伸ばした。

「はい、お兄様」

その時僕は、うまく笑えただろうか。






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