過去出会った虫憑き達。オレは、全てと言っても過剰ではないくらい、そのほとんどを自らの手で欠落者にしてきた。 そうでなければ、特環から死亡を聞かされて終わりかのどちらかだ。 それで終わり。 夢を奪うか、命を奪うか。 ただの人間、一般人なら天秤にもならない二択。 だが、虫憑きにとって、その二択は十分に天秤に掛けられる意味合いを持っている。いや、虫憑きだからこそ、天秤にならないかもしれない。 夢を奪うか、命を奪うか。 虫憑きにとってその二択は、どちらを選んでも全く同じ意味合いしか持たないのだから。 俺は、毎日、出会う全ての人間に、心の中でさよならを告げる。 『なら、私には言う必要無いわね。他の人間がアンタの隣にいなくなったとしても、私は大助を独りになんてしないもの』 今まで俺が圧し殺していた感情など知りもしないで、根拠もなくそう言ったのはあの少女自身。 そう言った亜梨子に、結局オレはさよならを言う羽目になった。 屋敷と呼ぶに相応しい馬鹿でかい家の門を潜り抜けると、そこには見慣れたバンが停車していた。 開かれた窓から覗いた顔は、オレを特環に入れた張本人――土師圭吾だ。 東中央支部に所属している彼だが、わざわざ俺を迎えにここで待っていたようだ。口元を吊り上げ、いやらしいとも取れる笑みを浮かべる土師と軽く挨拶を交わす。 「特環の中では、今やあの戦いのことでもちきりだ。一号指定の悪魔とも言われる“かっこう”に、五人目の一号指定まで居合わせた戦いだからね――当たり前なのかもしれないが。いやはや、東中央の人間でさえ口を開けば同じ話しかしないからね」 耳にタコなんて生易しいと思う程さ、と笑う土師の言葉を聞きながら、後頭部座席に乗り込みドアを閉める。手に持っていた荷物を身体の横に置くと、土師がひらひらと手で遊んでいた用紙を渡された。どうやら、東中央に送られた五人目の一号指定についての書類のようだ。 見知った写真が貼り付けられたそれに、簡単に目を通す。 「“かっこう”ともあろう者が、大分情を移していたいたらしいじゃないか?」 「心配されずとも、割り切るくらいはできるよ。たとえ、二年近く一緒にいた奴でもな」 二年。 二年、か。 自分で言っておいて、それだけ長く側にいたのかと不思議に思う。 こうしてみると、ひどく短かったように思えるのに―― 長いと思っていた任務のはずなのに、いざ終わってみるとそう思っている自分に気付き、大助は苦笑した。 「戌子は脱落し、この槍使いもいなくなった。君はまだ、戦うのか?」 大助の苦笑をどう捉えたのか、土師が問う。 解りきった答え。 この男もわかっているだろうに、わざわざ聞いてくる辺りが土師圭吾という人間の性格の悪さを物語る。 「当たり前だ」 迷うことなく、即答した。 『だったらどうして今、アンタは生きてるのよ!』 まだ、出会ったばかりの頃の、記憶。 『だったら躊躇うな! 生きてるアンタには、その義務があるの!』 まだ本気で、アイツの事が苦手だった時の記憶。 (まだ、生きてるんだ。オレはまだ、生きている。たとえこれから先、どんなことになったとしても) アイツの言う通り、生き続けてやる。 躊躇うことなく、夢を見続けてやる。 隣に、あの少女はいなくとも。 たった独りでも。 「あの一号指定の子のコードネーム、“眠り姫”だそうだよ。また起きる日が来るのか…眠り続けたままなのかは、未だ不明だ」 『独りになんてしないもの』 不安や悲しみ、後悔や罪悪感、悪魔を見るような目で見られることにすら慣れきり、仕方ないと諦めきっていた俺を、バカにしたような発言だと思った。 思ったが――その時、大助の中に湧き上がった感情は、決して苛立ちではなかった。 理由も根拠もない、現実的でない言葉に、納得してしまってすらいたのだ。 理由もなく。 根拠もなく。 この少女はオレの隣で、いつまでもこうして大口を叩いているのかもしれないと。 ……独りにしないと言ったくせに。 この大嘘つきめ、とひとりごちる。 けれど、ああ言ったアイツの瞳には嘘などなかった。 前しか見ていなかった強い瞳には。 独りではない未来が、映っていた。 ――また、隣で戦うことがあるのだろうか? いいや、そうじゃなかったら許さない。 「嘘吐いた罰で、いつもの倍返ししてやるからな……バカ亜梨子」 未来に向けた、宣戦布告。 車の窓から呟いた言葉を、風が浚う。 届いただろうか。 眠った、君の元まで。 |