「私はね、異常者になりたいの」
 彼女は何を考え、その言葉を吐いたのだろう。
 肩にかかる程度に伸ばした黒髪は常に整い、陶器のような白い肌によく映えた。
 道を歩けば誰かは必ず振り向く程に美しい顔立ちをした彼女が、何を羨むのかはわからない。僕には、ただその言葉が嘘などではないということだけしか。
「こんなことを言う私は、あなたから異常者に見えるかしら」
 僕の言葉に期待した、無邪気な瞳。
 幼い子供みたいに無邪気に笑う彼女は、けれど僕には正常に見えた。
 周りから異常者と言われてはそれを自慢して歩く彼女の行動は、確かに異常だろう。そう思うに関わらず、彼女を正常だと認識している僕はおかしいのだろうか。
 周りが彼女を異常だと言うのなら、周りこそが異常で彼女だけが正常なのだ――
 そうとすら思っている。
「君は正常だ。少なくとも、自分を異常だと言える内は」
「何で?」
「本当の異常者は、自分が異常である事に気付かないよ。だからこそ、異常者は異常なんだから」
 自分は異常なのだと他人から指摘され、初めてそれに気付くのが異常者の“普通”。
 異常者は異常を異常と認識しない。
 彼女を異常者だと言うのなら、まず彼女は異常を認識していてはいけない筈なのだ。
「ふぅん、そう。確かにそうね。ならどうしたら異常になれるかしら? 話し方をもっと特殊にしたらいいのかしら? 食べ物を偏らせてみる? 薬を大量摂取するなんていいと思わない?」
 そうして彼女はまた、異常者へと近付く努力をする。
 ……異常に執着を持った時点で、君は正常なんだとは言うに言えなくなってしまった。
 人は、自分が持っていないものを欲しがり執着する。
 彼女はきっとこれからも、正常のままでしかいられないのだろう。








異常者は語る






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