「大変だったね」 揺れる列車の中。 白野蒼衣は、泡の波が海辺の町を包んでいく様子を思い出し、目前の椅子に座る少女に話しかけた。 「別に。<残酷劇の索引引き>が予言した<泡禍>なら、あれ位普通だわ」 戦闘服から着替えた制服姿の時槻雪乃に刺の有る口調で言い返されてしまい、そうだねと頷くしかない。 元々<残酷劇の索引引き>は大きな<泡禍>にしか反応しないということだし、雪乃の言う通り、あれくらい普通なのかもしれなかった。 「あんな<泡禍>をいつも解決している雪乃さんも大変だと思うけど」 「断章が必要なら使うだけ。大変だなんて思わない」 それでも自分は、雪乃には日常からあまり離れて欲しくないのだが。 「千恵さんも、可哀想なことになっちゃったし」 「……<泡禍>に遭遇したら仕方のないことよ」 機嫌を損ねたのか、眉を潜め、睨まれる。 感情を無くそうとしているだけで無くなってなんていないのに、と蒼衣は口を開きかけたが――やめた。 こんなことを言ったら、今すぐに殺されそうだ。 本当は、<泡禍>が起きて一番嘆き悲しんでいるのは雪乃だということが、蒼衣には分かる。 だからこそ、 人の死を悲しみ自分を省みない少女が愛しいと思う。 「好きだよ、雪乃さん」 不機嫌そうに、ゴシック&ロリータのリボンが揺れた。 「……うるさい。殺すわよ」 不機嫌そうにポニーテールとリボンを揺らしながら、窓の外に視線を移してしまった。雪野は不機嫌になるだけなのだろうが、蒼衣はこの光景に安堵する。 いつも通りの日常に蒼衣は微笑し、今までと同じく、黙って列車に揺られ始めた。 吐かれた言葉の嘘と裏。 それが攻撃性を兼ね備えているからこそ、君の本質はとても優しいと思うのだ。 |