「理樹!」 ドアを破るような勢いで鈴が僕の自室に入ってきた時、一瞬今がいつなのかわからなくなった。 あの事故に遭ってからというもの、これほど生き生きとした彼女の姿を見たことがない。まるで昔に帰ったかのような錯覚に陥った。そんなこと、ある訳がないのに。僕は、震えそうになる唇をなんとか「どうしたの」とだけ動かした。 「すごいぞ、気づいたんだ! 理樹だってびっくりするとおもう。聞きたいか。聞きたいだろ?」 どうしても話したくて仕方がない様子だ。頷くと、「うん。どうしてもってゆーならしかたないな」そう言って笑う。 こんなに素の顔を見せて笑う姿は珍しい。昔でも、猫にしか見せていない表情じゃあないだろうか。 秘密の宝物をこっそりと教える子供みたいにうずうずとした様子で、鈴が僕に耳打ちしてくる。 「あのな…」 「うん」 「……きょーすけを見つけたんだ。」 幸せそうに、目を細めた鈴。 「え………?」 事故で亡くなった仲間の姿が、フラッシュバックする。生きていたなんて考えはない。灰になる前、彼の冷たくなった身体を僕は見たのだから。そんな可能性は、絶対にあり得ない。 なら、見つけたとはどういうことだ。 鈴を見る。 そして気づいた。鈴の腕に、昨日まではなかった包帯が巻かれていることに。 「気づいたか?」 すごいな、理樹は。そう言って、鈴が包帯を解いていく。 床に落ちた包帯には、赤い染みが点々と付着していた。そう時間がたっていないのだろう。鈴の腕に刻まれた痕は、まだ瘡蓋になっていない。だが、すでに傷口が塞がり赤い線になっているそこを見て、鈴が「ちょっと待ってろ」とスカートのポケットからカッターを取り出した。 ギチギチッ、と音を立てながら刃を伸ばし、それを腕に宛がう。不安なのだろうか、眉をハの字にしながら刃を引いた。「んっ…」鈴が熱っぽい息を漏らす。 「きょーすけは、あたしの兄だったんだ」 落ちた血がスカートに染み込むのも構わずに、鈴が愛しそうにそれを眺める。僕は、鈴の言葉に頷くことしかできない。 彼女の身体から流れ出るそれを見て、言葉を聞いて、理解してしまった。 「鈴には、恭介と同じ血が……流れてるんだね」 ちりんと、鈴が鳴る。綺麗な音色だ。 「…そうだ。きょーすけは、あたしの中にいてくれたんだ。きょーすけと同じ血が、あたしの中にあるんだ。……ずっと、ここにいたんだ」 鈴の兄で、僕の幼なじみ。 ……ずっと手を繋いでいてくれた彼の姿が、鈴に重なって見えた気がした。 「……そっか」 「うん」 「ずっと、側にいたんだね」 あの大きな手は、もう離れてしまったのだと思っていた。 ……怖かった。ずっと不安で、仕方がなかった。なのに、こんなに近くにいたなんて。思いだし、笑う。そういえばあの人は、昔からかくれんぼが得意だったな、と。 「兄妹だと、結婚できないだろ? だからあたしはずっと、アイツが自分の兄だってことが嫌だったんだ。だけどな、きょーすけと同じ血が流れてるっていうのは……いいな」 少しだけ恥ずかしそうに頬を染め、照れるみたいに笑う鈴の姿は、ひどく女らしい。彼に恋をしている、ただの女の子の顔だ。 「羨ましいな」 純粋にそう思った。 「理樹も飲むか?」 「え?」 「お前も、好きだったんだろ」 「……参ったな。気付いてたんだ」 「おんなのかんだ」 「それなら、仕方ないね」 苦笑する。 ほら、と血が伝う腕を差し出され、僕はその白い肌に舌を這わせた。鉄の味が口の中に広がる。血が止まっては鈴が新しく傷を作り、僕は決して少なくないそれを全て飲み干した。喉を鳴らし、血を飲み込む度に彼と一つになっているという感覚が気分を高揚させる。幸せだった。先ほどまでの鈴と同じ顔を、僕はしているのかもしれない。 「これで、理樹もあたしの家族なんだな」 「僕も、鈴も、恭介も、ずっと一緒にいられるね」 「もう、寂しくないな」 僕は、本当に久しぶりに笑顔というものを思い出した。 彼の後ろから顔を出し覗いた世界は、虹だって見えた。悪戯に楽しかった。僕らは彼に救われていた。彼が笑うから、僕らは笑うことができたのだ。 そうだ、笑顔をうかべるときは、いつだって彼の姿を見ていた。 笑顔の訳 |