屋上へと続く、扉の前。
 冷たいドアノブを握り締めていた手が力なく落ちる。足からも力が抜け、少女がぺたりと尻餅をついた。
「嘘………」
 扉をほんの少しだけ開いた時に見えた光景を否定したくて、見間違いだと信じたくて、掠れた声で呟いた。
 昼、薬屋大助にフォークダンスを誘ったのは自分――西園寺恵那だ。
 あの時大助は曖昧な返事しかしなかったけれど、いざフォークダンスが始まった時にもう一度誘ってみれば、彼のことだ。少し嫌そうな顔を一瞬だけ見せ、すぐにそれを隠して困ったように笑って――手を取ってくれる。
 拙い踊りは、恵那が教えていく内に少しずつ上達して、最後には見れるくらいにはなっているのだ。そして親友の少女二人が自分達を囃し立て、恵那は悪乗りして身体をくねらせ、大助は怒りながら反論する。
 そんなことを………恵那は、信じて疑わなかった。
 馬鹿みたいだ。突然いなくなった大助を探し、ここまで来た自分が。誰と、何をしているのかなど考えもしなかった自分が。
「何で……っ、なんで……」
 スカートに、一滴の雫が落ちる。一筋、また一筋と頬を伝っていく涙を、止められない。
 視界がぼやけ、目を閉じた向こうには………楽しそうに笑う男女がいた。
 平凡な顔に、唯一の特徴である絆創膏を貼った少年。長い髪を後頭部で一つに纏めた、小柄な少女。
 恵那が見たこともないような穏やかな笑みを、大助が浮かべている。それに亜梨子が笑い返し、くるくると身体を踊らせて見せる。目を回したのか少しだけふらついてしまった少女の腰を、大助が支えて受け止めた。
 扉の向こうに見てしまった光景が、視界を閉ざした暗闇の中で延々と繰り返される。
 ……亜梨子と大助の関係を疑ったこともあった。だが二人は即座に否定したし、亜梨子は恋自体したことがないと言う。それを裏付けるように、亜梨子は恵那の恋を応援してくれていた。
 なのに。
 それなのに、二人きりで踊っている姿は、まるで――。
 大助の、亜梨子の、お互いに向ける眼差しは、まるで――。

 ずっと、四人いっしょにいたい。

 初めて心から願った、ちっぽけで、かけがえのない大切な夢が――遠かった。
 薬屋大助に、私だけを抱き締めていて欲しくて。今、大助の手を握っている親友である筈の少女が、どうしようもなく憎たらしくて。
 どうか。どうか。私がここで泣いていることを、彼が気付いてくれますように。ただそれだけを願って、また一筋。恵那の頬に、涙が伝った。








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