ホルス聖城学園は、所謂上流階級の生徒が多い名門校である。授業料が飛び抜けて高く、校則やセキュリティにも厳しい。敷地への出入りも常に監視されており、指定の機械に認識カードをかざすことでようやく出入りが許される。もちろん、生徒に限らず教職員も例外ではない。学園には親の車で送り迎えをしてもらっているという生徒も珍しくはないし、殆どの者は姿勢を正し、上品な笑顔で語り合っているような“いかにも”といった生徒ばかりだ。
 だが、そんなお嬢様校と言えども、学園祭まではそうお行儀の良いものではない。
 校舎は馬鹿馬鹿しいくらいにデコレーションされているし、喫茶店のウェイトレス衣装は中学生男子のデザインであろうことが一目でわかる様な、肌を露出させたものであったりもした。異様なまでに仕掛けやメイクが本格的だったお化け屋敷では、泣き出したり気絶する客も少なくなかったらしい。
 お嬢様校だからこその予算なのだろう。ずいぶんとお金を掛けた出し物だからこその盛り上がりなのだと、実際に学園祭を回ってみてわかった。
 だが、どれだけ騒いでも、どれだけ羽目を外しても、仮にもここは“ホルス聖城学園”であり――やはりそれらしい締めがあるものなのだ。

「フォークダンス……ね」
 校庭の中心で揺らめいている大きな炎を輪になって囲み、男女が手を取り合って踊っている。大助は誰もいない屋上から一人、それを見下ろし眺めていた。
 自由参加であるフォークダンスに参加している生徒は、ざっと見て全体の半分いるかどうかというところだろう。他の生徒は校庭の端に寄って、焼きそばや林檎飴を食べながらダンスを眺めている。
 踊っている者の中には、大助のクラスメイトの顔も混じっていた。それを見て、ふと西園寺恵那と九条多賀子の顔が頭を過った。彼女達はどうしているのだろう。恵那には昼にフォークダンスを誘われたが、曖昧な返事をしたまま逃げてしまった。もしかしたら、今も大助を探しているかもしれない。
 大助の元まで届いてくるマイム・マイムのメロディを聞きながら、ぼんやりとキャンプファイアーを眺めた。

「――こんな所にいたのね」

 扉の開く音。聞き慣れた少女の声に振り向くと、昼とは違い、きちんと学園の制服を着た亜梨子が立っていた。ポニーテールを揺らしながら、大助の隣までやって来る。
「着替えたんだな」
「フォークダンス始まる前にはね。残念だわ、今年こそは男子に女装させてやろうと思ってたのに……」
 去年の学園祭では、男子が考えたセクハラ的衣装を着て喫茶店をやらされたという。その仕返しとして女装喫茶店をやらせようと目論んでいたようだが、去年の喫茶店が予想以上にウケたため、結局今年も似たようなことをやったのだ。
 ウェイトレスというよりはコスプレに近い衣装はなかなかに似合っていたと思う。孫にも衣装。そう言ったら蹴りが返ってきたけれど。
「恵那が探してたわよ」
「ふーん」
「またそうやって、適当な返事して。こんな場所で眺めてるくらいなら、一緒に踊ってあげたらいいのに」
 むっと唇を尖らせた亜梨子にため息をついてから、校庭に視線を戻す。
「フォークダンスなんて柄じゃねぇよ。それに、踊り方なんて知らないしな」
「そんなのみんな同じよ」
 あ、でも、初等部の頃からいた人は知ってるだろうけど。フォークダンスの練習、あったから。思い出すようにして、亜梨子がそう付け加える。亜梨子はずっとこの学園に通っていたらしいし、そうは見えないが少しは踊れるのかもしれない。
「お前は踊らないのかよ?」
「私? そうね――」
 横を見る。亜梨子の黒い瞳に、炎の灯りが揺らめいた。
 視線に気付いた亜梨子が顔を上げ、大助の瞳をじっと見つめ返す。校庭から聞こえてくる音楽と生徒達の声が、ひどく遠くから聞こえるような錯覚。
 ――待て、何でオレは亜梨子と見つめ合ってるんだ。ようやく我に返り、目を反らそうとした大助を、亜梨子の言葉が引き留めた。
「ねぇ、一緒に踊らない?」
「……お前な、さっきオレが言ってたこと聞いてたのか?」
「いいじゃない、せっかくなんだし。去年は参加してないから、参加してみたかったのよね」
 名案とばかりに笑顔を向けられ、大助は戸惑う。
「お、おい! 今から校庭まで行くのか? わざわざ面倒くさいし――」
「あら、別にここでいいわよ。音楽も聞こえるし……ほら」
 そう言うなり、亜梨子は大助の手を取った。
 強引に振り払おうとすればできるだろう。けれど大助は、もうそんなことをする気も起きなくなっていた。呆れたようにため息を吐き、悪態をついてみせ、仕方ないなとばかりに亜梨子の手を握り返す。
「誰かに見せる訳じゃないもの、ちゃんとした躍り方なんて必要ないわ。おかしくたって、失敗したって、気の向くまま踊ってみたらいいのよ」
 大助の手を取りながら、くるん、と一回転して見せた亜梨子が、微笑む。
「楽しかったと思えたら、笑顔でいられたら、きっとそれでいいんじゃないかしら?」
 言われるまま、不器用に足を動かし、ステップを踏む。校庭で踊っている男女をずっと見ていたからか、何となくこんな感じだろうというくらいのイメージは脳内に出来上がっていた。
 意外と出来るものなのかも、と思いかけたところで足を踏む。少しもたつき、先程までのテンポを取り戻したところで、今度は大助が足を踏まれた。
 まあいいか、と思う。亜梨子の言う通り、別に気にすることはない。ここはダンスのコンサート会場でもなければ、校庭で火を囲んでもいる訳でもないのだ。審査員だって、囃し立てる観客だって居やしない。
 失敗したって、文句の言う人間などいないのだから。
「まぁ――これも悪くないかもな」
 オレは今、どんな顔をしているのだろう?
 亜梨子が少しだけ驚いた顔を見せてから、なんだ、そんな表情もできるんじゃないと呟いた。
 悪戯っぽく笑い、軽やかにステップを踏んでから少女が回る。ポニーテールとリボンを浮かせ、もう一回。三回目を回って見せたところで亜梨子の身体が微かにふらつく。それを庇いつつ、またステップを踏む。
 飽きるまで、繰り返し繰り返し同じようなダンスを踊る。足を踏んだり踏まれたり、目を回したりしながら、格好のつかないステップを踏んで。
 きっとこれでいいのだ、と大助は思う。
 様になったフォークダンスなんて、オレ達らしくもない。

 暖かい炎を囲んで、幸せそうな笑顔が溢れた場所にいるのがひどく場違いな気がして、誰もいない屋上まで逃げてきたつもりだった。
 なのに、結局こうしているなんてバカみたいだ、と大助は苦笑する。
 来てしまう人間がいるのだ。
 わざわざ探して、見つけ出して、強引に手を引いてくる奴がいた。
 忘れていた。
 一之黒亜梨子とは、そういう人間なのだ。






マイム・マイム


おまけ「扉の向こう
泥沼三角関係平気な方だけどうぞ





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