無意識の内に、他人の態度に合わせてしまうようになったのはいつからだっただろう。
 特環に入り、監視任務で周囲から怪しまれないために、自分の性格を周りの人間に合わせることが義務付けられた。問題を起こすのも不本意だったため、大助も特に異論はなくそれに従っていた。
 初めは意識的にそうしていた、はずなのだが――いつの間にか、無意識にそれをするようになっている。
 心の動き、人の気持ちや感情といったものに機敏なのかもしれない。他人に嫌われたくないから。一定の距離を保ちたいから。任務に支障を出さないためと言い訳をすることはいくらでもできるが、多分自分の中に存在しているそういった感情がこうさせているのだろう。
 幼い頃、姉が言っていた言葉を思い出す。大助は、誰よりも優しくて人の痛みがわかるいい子だよ──。他人の感情に敏感なのも、姉に言わせればこうなってしまうのだろうか? まさか、と苦笑する。良く言えばそうなのかもしれないが、悪く言えば人の顔色を伺っているだけだ。
 理由はともかく、この癖のおかげで学園生活には馴染めている。話しやすくていい奴、という評判も得た。だが、気づかなかった方が良かったと思うことに気がついてしまうのが厄介と言えば厄介だ。
 例えば悪意。
 例えば恋愛感情──とか。




「ちょっと大助、聞いてるの?」
 大助の隣を歩いていた少女が、不満そうに眉を潜めている。どうやら、さっきから打っていた適当な相槌すら打たなくなったことが、不機嫌の原因のようだ。聞いてるよ、と言いつつ顔を見ると、渋々許してやろうと言った雰囲気でまた喋り始めた。実はほとんど聞いていないのだが。
 大助の意識は、今現在自分の手を握っている少女の手にあった。家を出てすぐに握られ、それ以来ずっとこのままだ。
 ……どうしたものやら。数分前までの不機嫌な様子とはうって変わって笑顔で話している少女を見ると、無理に引き剥がすのも躊躇われる。

「それでね、その時恵那が」
「亜梨子」
「ん? 何、大助」
「トイレ行きたいから、手離せ」
「あ──うん」

 一瞬何か言い掛け、離しかけた手をまた掴まれた。その後すぐにまた離されたので、大助は近くのトイレに入る。
「……なんだかな」
 数日前、あるきっかけで、亜梨子が自分に向けている気持ちに気がついてしまったのがそもそもの原因だ。亜梨子には悪いが、大助は今のままでいたいのだから対応に困るのは仕方ない……と、思う。友達で相棒でそれ以上で、でも恋愛じゃなくて──そんな状態のままでいたいのだ、大助は。
 だから、亜梨子の気持ちにも気付いていないフリをして。何かありそうならなるべくかわして。亜梨子がそれでどんな気持ちになっているかも、知ってるくせに。
「……気が付かなきゃ良かった」
 溜め息。
 気付いてしまうと、どう接したものか図りかねる。不意に顔が近付いたときには顔を赤くして固まっているし、手を繋ぐだけでご機嫌に笑っているし。恵那と大助のデートを勝手に取り付けてくる割には、大助が帰宅すると嫉妬丸出しで落ち込んでいたりするのだ。
 大助の一挙一動でコロコロと変わるその表情に、どう対応していいかわからない。以前なら絶対に見せることのなかった、女の子っぽいとでも言うのだろうか――そんな表情を見せられると、大助も今までのように性別を気にしないでいるなんてことはできなかった。
 考えている内にそれなりの時間が経っていたことに気が付く。
 これ以上トイレにいても不審がられるだろう。繋いでいた手を離す口実に入っただけだし、そろそろ出ないとマズイか。
「お待たせ」
 手をポケットの中に入れ、急いで亜梨子の元へ戻る。これなら手を繋いできたりもできないだろう。ポケットに視線が行き、少し残念そうにしていたのは気が付いていないフリだ。
「……大助」
「ん?」
「あのね」
「ああ」
「………私」
「そういえば亜梨子、さっきの話しの続きは?」
「え、あ、どこまで話したかしら?」
「その時恵那が、まで」
「……そう、その時、恵那がね」
 ……亜梨子が何を言い掛けていたのかはわからないが、なんとか話を反らすことに成功した。自分が、亜梨子にかなり酷いことをしている自覚はある。何で気付かないのよバカ、と訴えかけてくる瞳を、いつまでも無視はできない。だんだんと、亜梨子の気持ちが言葉になって、態度になって表れてきていることにも気付いている。
 いつ壊れてしまうかわからないこんな関係を続けることになるなんて。本当に、気が付かなければ良かった。
 今、ポケットから手を出して、小さなあの手を掴んだら――コイツはどんな顔で笑うんだろう。なんて、矛盾している。友達以上になりたくないと思ってるのは、オレ自身なのに。








告げられるのが先か、突き放すのが先か。





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