朝から同居人である少女の様子がおかしいことには気付いていた。
 やけにそわそわして挙動不審だし、理由を問い詰めても「べ、別にいつも通りよ」と明らかに嘘とわかる態度しか返ってこない。嘘を吐くのが下手な彼女らしいとは思う。今まで監視という名目上彼女を見てきたが、大助の理解を超えるほどに、お人好しで正直だ。他人を騙す、騙されるといった考えがまず頭にないのだろう。
 父親にはずいぶんと大切に育てられたのかもしれない。普通ならば小学校を卒業するまでには嫌なことも怖いことも経験し、少しは性格も歪むというものだ。だが、少女は人の悪意など全く知らないまま育っている。友人である九条多賀子のようなお嬢様然とした態度や仕草は見られないものの、箱入り娘であることには違いない。
 嘘が苦手なのは多分そのせいだ。人に悪意を持って嘘を吐かれることがなかったから、彼女自身もまた人を騙すということができない。罪悪感もあるかもしれないな。両方だろう。
 だが、正直な所大助には理解できなかった。こんなに真っ直ぐな人間いるんだなぁ、と驚くより先に不思議に思った。
 幼い頃から理不尽な悪意や恨みといったものに晒され、今ではすっかり騙されることにも騙すことにも慣れてしまっている――そんな自分は、誰よりも少女の側にいてはいけない存在だろうと思う。
 綺麗な宝石に泥を塗る気分だ。
 もしまた何か危険なことに頭を突っ込んでいっているのだとしても、大怪我をする前になんとか助けてやればいい。
 そう思っていたのだが。

「あのね、大助。今日、誕生日よね?」
「え?」
「これ、プレゼントよ。ありがたく受け取りなさい」
「……誕生日?」

 何で貴方がそんな顔してるのよ、とでも言うように疑問符を浮かべながら少女が眉を潜めた。
「いや、オレの誕生日――って」
 そこまで言いかけた所で、以前亜梨子に話したことを思い出す。
 そういえば大助、誕生日はいつなの?
 ――7月の11日。
 嘘だった。
 虫憑きになってから、本当の誕生日を明かしたことはない。些細なことだし、教える必要も感じなかった。そしてそれ以上に、そんなとるに足らないことであっても、本当のことを教えるのを躊躇う程に大助は周囲を信頼していなかった。無意味な嘘を吐く癖がついており、あの時の言葉もつい嘘を吐いてしまっただけと言うのが正しい。特に悪意があって言った訳ではなかった。
 「どうせすぐに忘れるだろうし」と適当に答え、それに亜梨子はすっかり騙されて――覚えていたのか。
「何よ、もしかして自分の誕生日なのに忘れてたの?」
「あ……いや、ああ。忘れてた」
 誤魔化すように笑う。
 バカ大助はやっぱりバカね、とプレゼントらしい紙袋が渡されたが、一瞬受けとるのを躊躇う。誕生日を始め、大助は亜梨子に幾つもの嘘を重ねてきていた。嫌いなもの、好きなもの、それに特環や花城摩理に関してはほとんど話していないか騙しているかだ。そんな自分は、亜梨子が大助のことを考えて選んでくれたであろうこれを、受け取る資格があるのだろうか。
「大助、ほら。早く受け取りなさいよ」
「いや……だから、オレは」
「何よ。いらないって言うの?」
 むっと不満そうな顔と共にほんの少しだけ寂しそうな顔を見せられ、狼狽える。思わず紙袋を受け取ると、亜梨子は嬉しそうに目を細めた。
「ありがとな」
「誕生日なんだから、普通よ。好きなものとかよくわからなかったから、適当に選んじゃったけど……」
「いいよ。――ありがとな、亜梨子」
 本当は誕生日じゃない、とは流石に言い出せない。やはりまだ言うつもりもなかった。けれど、少なくともこれは亜梨子が大助のために買ってきてくれた物だ。受け取る資格もないが、受け取らないのは亜梨子に悪い。
 何気なく言ったあの嘘を、まだ覚えていたのだ。コイツはオレなんかと違って、真っ直ぐで。純粋で。悪意なんて知らなくて。……オレが嘘を吐くことも、考えすらしないのだろう。
 ――誕生日を祝われるなんて、いつ以来だろう?
 変じゃないよ、普通だよ! それが口癖だった姉に祝われて、オレは恥ずかしくてムカついてでもやっぱり少し嬉しくて。それが最後だった気がする。本当の誕生日はもう少し先だ。だから今日のプレゼントは、ほんの少しだけ早い誕生日祝いとして受け取っておこう。
「って、もしかしてお前が今日一日挙動不審だったのって」
 ……これか?
「う……渡すタイミング逃しちゃって、いつ渡そうかと思ってたのよ」
「そっか」
 恥ずかしくてムカついてでもやっぱり嬉しくて――か。それも、今日くらいはいいかもしれないな。
 今年だけは、オレの誕生日は7月11日。
 そういうことで。
 来年は殴られるの覚悟で、本当の誕生日を明かしてやろう。








7月11日






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