「う、ううぅ……!」
 身体の中にある大切なものが、ごっそりと抜けていく感覚。夢がなくなっていく、言葉通り心身共に削られていく瞬間。
 不安や恐怖といった感情でさえも感じなくなっていくこの感覚には、未だ慣れることはない。
 段々とそれが収まっていくにつれ、自分の中にあった筈の記憶が少しだけ不明瞭になっていることに気付く。
 大切な思い出を忘れていないかどうか脳内を探ってみるが、もう自分がそれを忘れてしまったのかどうかが思い出せないのだからどうしようもない。
 こんな時、アナログは不便だ。デジタルだったらなくならない。必ずデータに、目に見える形として残るのに、と愛理衣は思う。
「“かっこう”さんが、特環を裏切った……なんて……」
 最悪の事態だ。
 自分が何よりも恐れていた事態が、ついに――ついに起きてしまった。
 いつかこうなると思っていた。だが、“ふゆほたる”が特環からいなくなっても“かっこう”さんは特環に留まり続けた。それで少しだけ安心したのだ。あの人だけは、私たちを裏切らない――そんな勝手な誤解。
 そうかと思えばいきなりこれだ、と奥歯を噛む。
 実の姉が、付いていた監視者共に行方不明になった挙句、別任務で近くまで来訪していた殲滅班が欠落者になって見つかった。
 彼は、そんな実の姉のため特環を裏切ったのだろう。すでに再会したのかどうかまでは知らないが。
 血を分けあった肉親か何か知らないが、なんて――
「なんて、邪魔な……!」
 血が繋がっていることなど関係ない。
 彼が幼い頃から一緒にいたことなど関係ない。
 今更出てきて今更彼を迷わせて、今更私たちから彼を奪っていこうとする!
 “ふゆほたる”も、鮎川千晴とか言う実の姉も! 何で今更になって――!
「“かっこう”さんさえいてくれれば、私は全て耐えられていたのに!」
 二年前。特環に入るきっかけとなった彼との出会いを何十回、何百回と頭の中で繰り返し繰り返し再生する。
 助けてくれた。救ってくれた。冷たかったけれど優しかった。知らないことを知っていく手助けをしてくれると、約束してくれた。
 あの頃の彼は、今のようではなかった。今のように“ふゆほたる”に惑わせられていなかった。
「戻り……たい。あの時に戻りたい……。亜梨子さんがいてくれた時に……東中央にいられた時に……“ふゆほたる”がいなかった時に……“かっこう”さんがいたあの時に……!」
 彼を迷わせるものは全て敵だ。何もかも、誰であろうと。
 私は迷わない。躊躇わない。“かっこう”さんのことを理解していない奴らなんて、全員殺してやる。“かっこう”さんがそれを許さないのなら、自分を殺すことさえもいとわないのに!
「戻りたい……戻りたいです、“かっこう”さん……」
 幸せだった。
 あんなにも幸せだった時が、あったのに。
「どうして私は、あの流星群の夜…そこにいることさえ許されなかったの……?」
 その日々を失った理由も知らず、教えられることもなく。見届けることすらできず。
 私は、貴方さえいてくれるならばそれだけで良かったのに。








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