「暑いわ……」
 汗をかいた肌にべったりと貼り付く服や髪が煩わしい。畳の上へと投げ出された四肢には簡単に引くことのない熱が溜まっており、開け放たれた窓から吹き込む風を打ち消しているような気分にさえなった。涼しげに響く鹿威しの音も、今ではセミの鳴き声に掻き消されている。
 暑い。夏という季節は決して嫌いではないのだが、つい数日前まで肌寒く感じていた後の急激な熱気には参ってしまう。陽が沈めば夏とは程遠い気温になるかもしれないと考えると、エアコンを付けるのも忍びない。
「でも、これはもう……付けてもいいわよね……尋常じゃない暑さだものね……」
 息苦しさすら覚える辛さに重い腰を上げようとしたところに、部屋の襖が開かれた。
「亜梨子、お手伝いさんがアイス買ってきてくれたぞ」
「大助……暑いわ」
「だからアイス買ってきてくれたんだろうが。俺だって暑いっての」
「溶けそうなのよ……」
「さっさと食べないとアイスも溶けるぞ」
 大助が両手に持ったカップアイスを机に置くと、亜梨子の横に腰を下ろす。
 白いシャツが汗で透け、肌色がうっすらと映っていた。時には蹴り、時には背負われた少年の背中。その後ろ姿を見ていると、ふと人恋しさが湧いた。
「……」
 べたりと抱きつく。
 生暖かい濡れた感覚はなんとも言えず気持ちが悪い。しかし、人肌恋しさは満たされて亜梨子はほうと息を吐く。
「暑いからやめろ」
 返ってきたのは、心底迷惑そうな気だるさを含んだ一言だった。吐かれた息はただのため息でしかなく、亜梨子のような充実して出されたものとは対局の位置にある。
「なんなんだよ、嫌がらせのつもりか? お前だって暑いことに変わりねぇんだから、いい加減に離れろよな」
「もう、亜梨子様に触ってもらえてるんだから大人しく喜びなさいよ」
「この熱気の中、身体を押し付けられて喜ぶ奴はいねぇよ……離れろって。ああくそお前マジで熱い!」
「そうよ、私は暑くて仕方がないんだから、奴隷であるあなたは早く体温を下げて冷却装置代わりになるべきなんだわ! さあ!」
「できるか!」
 お腹に回した手を力付くで引き剥がされる。直前までアイスを持っていた大助の手はほんの少し冷たく、亜梨子の腕まで水と汗で濡らした。
 少女の腕が離れた瞬間、ぐるりと身体を回し少年が向き合う形になる。そのまま畳に押し倒された。
 掴んだままになっている腕を押し付けられたのでもなく、肩を押されたのでもなく、薬屋大助のほぼ全体重で。互いの服のボタンを擦り合わせるようにしながら、数センチという距離で見つめあう。
「だ――大助。暑いんだけど……」
「……お、お前がやってたことを、俺もやっただけだろ……これに懲りたら、もう引っ付いてくんなよな」
 熱に火照った大助の顔から、一粒だけ汗が落ちる。
 不思議と、嫌な気は、しなかった。
「……アイス、溶けちゃうわよ」
「……こんなに暑いと、そりゃ、すぐ溶けるだろうな」
 呟いて離れた大助の耳が真っ赤に染まっているのを視界の端に収めながら、亜梨子は頬を伝う汗を拭う。それで、顔の火照りが取れるはずはなかったけれど。
 本当に、尋常じゃない暑さだわ――と、掴んだアイスのカップは柔らかく形を変えた。




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