中央本部が未知の“虫”に侵略された。
 その言葉を聞いたとき大助は真っ先に自分の耳を疑い、それから無能と名高い我が東中央本部支部長代理・五郎丸柊子の情報網を疑った。
 まさかとは思うが、考えるだけでも涙が出そうなあまりにあまりの無能っぷりを発揮して偽の情報を掴まされたのではないかと思ったのだ。それこそ東中央を潰そうとしている中央本部の罠だとか。噂話や面白半分の出任せや作り話を信じ込み、真実として広めているのではないかとか。
 それほどまでに事実としては信じ難く、受け入れ難い史上最悪の事態だったという話だ。
 虫憑きを管理する、特別環境保全事務局の中心。
 東中央を含む他の支部など比べ物にならない設備に、“霞王”や“C”を筆頭とした強力な兵隊。そして、魅車八重子の直属部隊とも言われる殲滅班――それだけの勢力が整いながら一匹の“虫”に侵略されるなど、これまでにない異常事態である。
 そして、その中央本部の本拠地・赤牧市もまた、正体不明の霧に包まれた。

 ――今、“かっこう”さんが離れるのはこちらとしても痛いです。が、この事態に対応できるのもまた、“かっこう”さんしかいないんです……どうか、ご無事で。

 大助は電車の不規則な揺れに身を任せながら、寝癖のついた長い髪を垂らし、悲痛な面持ちで頭を下げた柊子の姿を思い出す。
 冗談や過剰な表現など一切なく、特環壊滅の危機なのだろう。
 “ふゆほたる”以上の大事件。
 確かに、大助以外の虫憑きに対応できる話ではない。
 だが、いくら一号指定である大助が単身で乗り込んだところで、真相を暴き対処できる事柄の範囲も越えている。
 一人、死地に赴くようなものだ。その上で、何か情報を掴めたら僥倖とでも思っているのかもしれない。
 以前から大助を邪魔そうにしていた中央本部のことだ、罠ではないにしろあの炎の魔人を出していない辺り、どさくさに紛れて死んでくれという狙いが見てとれる。

 ――……どうか、ご無事で。

 本気で身を案じてくれているのだとわかる、今にも泣き出しそうな震えた声に、駅名を告げるくぐもった車内アナウンスが被った。
 ――赤牧市。
 駅に近付けば近付くほどに窓の外を流れる景色はスローになり、市内でも一、二を争う構想建築物である赤牧スカイピアと巨大観覧車を目印に、見知った街並みをより克明に大助の瞳に映し出す。
 スポーツバッグを肩にかけ、電車を降りる。改札を出ると、ビルや車が入り乱れる桜花市とは違う澄んだ空気が鼻を抜けた。喉の奥から胸へと通り、身体の中に冷気が溜まっていく錯覚を受けて立ち止まる。
 自分は怯えている。
 強大な敵にではなく、赤牧市に踏み入ることそれ自体に。
 かつて、一年以上もの間を槍使いの少女と過ごしたこの街は、あまりにも多くの思い出が溢れすぎている。
 いや、それ以上に――槍使いの少女の姿がない赤牧市にいることに、耐えられる気がしなかった。
「……バカか、俺は」
 奥歯を噛み、一人ごちる。
 ここには任務を果たしに来たのであって、感傷に浸るために来たわけではないのだ。
 住民の安全は確認されているが、市内に広がっているという霧にどのような効果があるかもわかっていないため、これから被害があることだって充分に考えられる。
 過去の記憶を引き摺り、自分の都合で気後れしている暇などないというのに。
 けれど、やはり恐れは拭い去れない。
 学園生活を共にした二人の少女の顔が過り、できることなら出会いたくないなとまた足が重くなった。今の大助では、彼女たちに会わせる顔など持ち合わせてはいないのだから。赤牧市の異常を解決し、非日常な危機から少しでも遠ざけ、いつか――
 いつか、槍使いの少女に背中を叩かれながら、謝れたらと思う。
 頭を上げ、駅から踏み出す。
 話に聞いた通りの、正体不明の霧が僅かに視界を阻んだ。
 その先に、一瞬銀色に輝く蝶が見えた気がして大助が瞬いたが――瞼を開けた次の瞬間には、ただの真っ白な霧だけが存在していた。
 輝きは大助の見た幻か、それとも。

「……まさかな」

 ――しかし、先ほどよりも確実に軽くなった足取りで、何かを追い求めるように、大助は霧の中にまた一歩踏み出した。







タムウシ11.夢侵す陽炎とはなんだったのか
赤牧市を包む霧と、不完全な“虫”に襲われていた少女の関係性とは? まるで中央本部から溢れ出すようにして街に広がっていることに大助が気付いたとき、その最深部に隠された実験に触れる。そして、光る繭に辿り着いた人間とは……それはきっと、最高で最悪のバグ・ドリーム!





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -