あの日から少しだけ暗くなった世界は相変わらずだ。彩度がなく、徐々に黒を伸ばそうと進行している。純粋な黒で染め上げられるのは、一年後か、一ヶ月後か、一週間後か――強烈な焦燥感だけが募り、大助を責め上げた。
 けれど今は、それが嘘のように身体が軽い。
 心臓が激しく高鳴り、繋いだ手から染み込んでくる温もりが更にそれを加速させ、そのリズムに合わせるように足を動かす。
 背中から駅員の怒鳴り声が飛ぶこの状況で、しかし大助は緩む口元を抑えきれなかった。笑うなんて、いったい何年ぶりだろう。このままどこまででも走っていけそうだと、また一歩足を踏み出す。

「あ、あの……」

 ――強引に引っ張ってきてしまった少女におそるおそるといった様子で声をかけられ、大助はようやく我に返った。

「ごめん! 初めて会ったばかりなのに、いきなりこんなことになっちゃって……」
「い、いえ。私は別に……」

 慌てて取り繕う大助の言葉に、少女が首を横に振る。
 見知らぬ少年に、いきなり引っ張り回されたのだ。いくら大人しかったとしても、怒鳴られるか嫌われるか……その両方でもおかしくはない。控え目に笑う少女を見て、安心に胸を撫で下ろした。
 こんなところで肝心の少女に嫌われてしまったら、話にならない。
 杏本詩歌。名前を聞かれ、一瞬躊躇ったように黙り込んだものの、はっきりと答えた。小さな声だが、透き通った曇りのない声は不思議と冬の空気によく馴染む。
 言葉にならない、衝動に似た感情が大助を突き動かした。
 初めての感覚? いや違う、俺はこの感情を何年も前に知っている。けれどあの時より、純粋で確かなものだ。
 俺はこの少女と、ただ別れたくない。
 少女に嫌われないような、帰ってしまわないような、今別れても再び会えるような、何か、繋がりを、何か、何か。

 ――うん、約束。
 ――また、明日ね。

 確かな約束を、明日に繋がる結び付きを、何か。

 何度も口を開きかけては止め、言葉を選ぶ。うまく言えないもどかしさと歯がゆさに焦り始め、落ち着けと自分に言い聞かせる。
 虫憑きでもなんでもない、普通の女の子との接し方を俺は知っているはずだ。そんな当たり前を教えてくれた人が、いたんだから。

「杏本さん」

 詩歌が大助を見る。
 電車の中、大助が詩歌の姿を見つけ、こうして目を合わせたあの瞬間――世界が元の明るさを取り戻し、止まっていた何かが動き始めた気がした。
 暗くなった世界に白い光が灯っていた。
 氷の結晶がしんしんと降り積もり、輝きを増していく。
 世界が少しだけ暗く見えるようになったあの日、何もできなかった俺でも、今度こそ何かできるのだろうか。
 ただの薬屋大助として接してくれた、あの少女のように。ただの薬屋大助として。何かに怯えているこの少女に、俺が何かをしてあげられたらとその一心で――
 どもりながらも、ようやく言うことができた。

「オ、オレと友達になってくれないかな?」




















一巻の大助は詩歌のことを虫憑きだと気付かず、ただの女の子だと思っていたんですよね。それでも詩歌に近づいて友達になってくれとまで言ってデートに誘って詩歌に笑顔になってもらおうと努力していた。
それってbug、bug以前の虫憑きと一般人を差別に近いほど明確に分けて接していた大助を見ていると本当に考えられないほど変わったなあと思います。bugでハルキヨが一般人に犠牲者を出そうとしたとき、初め大助はハルキヨ捕獲を優先しようとし、けれどその直後亜梨子ならどうするのだろうと考え一般人の救助に向かいました。あれを見る限り、大助は亜梨子の考えや行動に影響され、「一般人救助より任務を優先する」から「一般人救助が最優先」という本編の体制に変わったのかなぁ、と。
きっとbugの大助ならば一般人と友達になろうとはしなかったし、なれるとも信じていなかった(一巻の詩歌タイプですね)。でも、bugを経験した大助は虫憑きでも友人を作っていいし恋もしていい(一巻の利菜タイプ)と信じることができるようになった。
要するに、本編大助が今の性格なのはやっぱりbugがあったからなんだろうというお話。以上未来の自分宛メモ。






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