彼女の眼差しはいつもどこか遠くを見つめている。挑むような瞳で、前だけを見据えているのだ。その視線の向かう先は遥か彼方で、杉都綾というちっぽけな存在は映っていない。気味の悪い笑い方をする綺麗な白猫も、長く伸ばした前髪が顔を隠している少女も、能天気な顔で鼻歌を歌っている少女ですら、それは変わらないのだろう。綾は彼女の物語の中心になることはなく、ほんの少しだけ世界に組み込まれた一欠片に過ぎないのだ。それは一生揺らぐことはなく、また、綾もその事実を喜んで受け入れていた。
 誰かに私を見てほしい。
 他人に自分という存在を許容してほしい。
 けれど綾にはわかるのだ。自分を見てくれる人ができたところで、自分はきっとそれを煩わしく思ってしまうということを。だから、彼女の中心にはならなくていい。なれないことが本望だった。ずっと昔に見た、忘れていた夢をふと思い出すように、自分を思い出してくれたらと思う。
 前を見据え、立ち止まることなく、這いずる程度の僅かな歩みだとしても、目指す場所に手を伸ばしている彼女は、決して綾一人を見ることはない。
 けれど、彼女はたまに思い出したように振り返るのだ。自分の許しがないまま、駒が勝手にいなくなっていないかどうか確かめるように。どうでもよさそうな目付きで後ろを見、鼻を鳴らしてまた背を向ける。
 あの瞬間が、どうしようもなく好きだった。
 一瞬だけ視線が交差するあの瞬間のためだけに、きっと私は生きているのだ。

 茶深が宙を見つめている。
 ああ、きっとあの白猫のことを考えているんだと何故かわかった。
 その姿を見て、どうしようもない羨望が胸に宿る。

 ――あんな風に。

 もし綾が死に逝くことがあったら、あの白猫のように、あんな風に、茶深は綾のことを思い出してくれるのだろうか。
 そしてその一分後には、また前を見据えているのだろうか。
「……最高ね」
 それは、涙が出そうで思わず笑みが溢れるほどに幸せな、ひどく甘く愛しい未来だった。


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