月が綺麗なだけじゃダメ



「…絶対に帰ってきてね」

「カカカッ、わぁってるよ」

「約束、だからね…、」

「絶対迎えに行くから、それまで待ってろ」

「〜〜っ、うん…っ」


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ほぼまん丸お月様の下、十五夜を前日に控えたあの日から、あの約束をして早10年。彼はまだ迎えにきてくれない。

「**ちゃーん!こっち次手伝えるー?」

「はーい!今行きまーす!」

なんだかんだで私も結婚適齢期。それなのにずーーーっと飽きもせず待ち続けているのは、幼馴染の変な笑い方のジャック。15才の時、ジャックが魔法騎士団に入団してから一度も会ってないが、彼の名前は平界でも聞こえてくるくらいの活躍をしているのは知っている。

でも知っているのはそれだけだった。
流石にどうかと思う。だってこの10年、電話も手紙の一つすらないのだ。もはや待ってる私が狂気の沙汰としか言えない。

(……まさか他の女に現抜かしてるんじゃないでしょうね…)

こうも焦る気持ちになるのは仕方ない。だってあのこの国の象徴とも言える魔法騎士団で団長になったらしいのだ。どんなブサイクのデブでもそれだけでこの国を胸張って歩けると言うもの。(別にジャックがブサイクなんて言ってない)

つまるところ、団長という肩書きだけで彼に寄り付く女は引く手数多いるはずなのだ。これを焦らずしてどう思う。そんな心配を抱えてもう10年経つのだ。

「ねぇ!!どう思う!?!?」

「いや、俺に言われても」

「あんたも同じ魔法騎士団でしょ!?なんとか言ってよ!」

「いや、俺に言われても」

ダンッ!
最大級のイライラを乗せてテーブルにジョッキを叩きつけた。わずかに跳ねた泡がジョッキの側面を滑っていく。「おま、これ商品…」と小言を漏らすヤミをキッと睨みつけた。完全なる八つ当たりだ。

「10年よ!?彼氏も作らずにずーーーっと待ち続けてもう10年なのよ!?」

「へーへーそれは長いこった」

「帰って来た時は一発…いや二、三発ぶん殴らないと気が済まないわ…!!いつまで私を待たせるつもりなのあのクソジャック…!!!」

私じゃなきゃとっくに見捨てられてるからねあのバカーー!!!
お客さんに勧められてお酒を何杯か飲んだせいか、酔いを含んだ私の暴言は店中に轟いていた。「またやってるね〜」と笑う常連さんがつまみの追加を注文して来たのを受け取って、厨房にいる店長にオーダーを通す。

「そのうち帰ってくんだろ、あの坊主も」

「…マスター、その言葉もう5年目です」

「はっはっは!違いねぇ!」

「**ちゃーん、生2つ追加で〜」

「はーい!!!」

怒りに身を任せてジョッキを2つ引っ掴んでビールをゴポゴポ注ぐ。最後にキメの細かい泡をふんわりと盛って早足で席に向かえば、「ありがとうなぁ〜」と酒臭い声とともに頭を撫でられる。

「もう、おじさん、私子供じゃないんだから」

「いやぁ〜、**ちゃんもべっぴんになったよなぁ〜」

「あの坊主と一緒に木登りしてた生意気なガキンチョだったのにな」

「ハハハ!懐かしいなぁ!2人して俺んとこの畑のもん盗んでったのを追いかけ回したのも今じゃいい思い出よ〜!」

「その節は大変申し訳ありませんでした」

他にもよぉ〜、から始まる私とジャックの昔話。やめてと言っても酒の回った親父たちは聞きゃしない。恥ずかしさを飲み込んで空いたジョッキをかき集めてシンクに運ぶ。

「**さん!俺洗っときます!」

「あ、ほんと?じゃあよろしくね、イースト」

「**さんの綺麗な手を洗剤で傷つけるわけにはいかないですからね〜」

「はいはい、いつも通り元気そうでなによりですー」

「マスタぁぁ!!また**さんが本気にしてくれないー!」

「テメェみてーなガキに用はないってよ」

「俺もうハタチの立派な大人ですよ!?」

「ハタチなんてガキンチョよ〜」

「そんなぁ〜…」

上がったジョッキやらグラスやら小皿やらをシンクに問答無用で運んでいけば、「連れないなぁ」と唇を尖らせて下から覗き込むように言われた。まだ若いし顔がいいから母性本能がくすぐられる。

よしよしと柔らかい毛質の頭を撫でれば、ふにゃりと蕩けたように笑うイースト。軽口叩いてくるけどめちゃくちゃお気に入りの後輩だ。ひたすらかわいい。

「**ちゃん、浮気は良くねぇぞー?」

「こんなの浮気になんないよ」

「もっと撫でてください**さん!」

「アレに嫉妬させるとめんどくせーぞ」

「ヤミは見たことあるの?ジャックが嫉妬したとこ」

「500ユールな」

「そんなんでお金取るの!?」

追加で頼まれたウォッカを席に運んだ。相変わらずこの男の酒の強さは計り知れない。

少しついた水滴をテーブルクロスで拭きながらちらりと時計を確認した。もうすぐ日付を回る。
またいつもと変わらない今日が終わる。はぁ、とため息はもう何回目か数えてない。潔く諦めたほうがいいのでは、と毎日のように思っているのに、どうにもこうにも期待してしまう自分に腹が立って仕方ない。

「こんなに**さんを待たせるなんて言語道断!!そんな奴スパッと忘れて俺にしましょう!!」

「……そうねぇ、」

待ってるのがダメなのか。私から魔法騎士団に乗り込んでジャックを呼び出せって言えば…、いやいやいや門前払いで即終了だ下手すれば捕まる。でも、ほんとうに、どうすればいいのか。

「俺、**さんを幸せにする自信があります」

「どっから湧いてくるの、それ」

「少なくとも、俺は好きな人を待たせたりしない」

「お、言うね〜ガキンチョ」

「おー、頑張れや」

「マスター!やる気ない応援は辛いです!!」

「ガキだから相手にされねぇんだよ、お前」

「なっ、ヤミ団長〜!!」

「そうだよな?**」

「まぁそれもあるけど……って、いきなりどうしたの?ヤミ」

声のトーンがいくつか低くなり、おもむろに酒を呷ったヤミ。ダン、と力強く置かれたジョッキと沈んだ頭にふしぎに思いつつ近寄れば、下から射抜くような視線がまっすぐに向いてきた。

獲物を狙うケモノのような視線にドキッと心臓が音を立てる。心の内のすべてを見透かされそうで怖いのに、なぜか視線を反らせない。

「じゃあ俺ならどうだ?」

「……は?」

「あいつと条件同じだろ。年齢も、団長ってとこも同じだ。貴族の生まれでもなんでもねーがそれも同じでこうして平界に来て酒も飲めるし、団長だから稼ぎも十分だ。テメェ一人くらい養ってやるよ」

どうだ、と再度ニヒルに笑いながら私に問いかけるヤミ。どうだって、なにがどうでどうだなの。まさか、イーストと同じ意味のどうだ、なのだろうか。いやいや、そんなバカな。

頭の中で嘘だと否定しながら口角を歪めた。普通に考えてありえないよ、きっと酔ってるんだヤマハ。

「えー、あの、うん、冗談きついよ」

「これのどこが冗談に見えんだよ」

「いやいやいや、普通そう思うでしょ」

「ったく、しゃーねーなぁ」

よっこらせ、なんて立ち上がったヤミがズカズカと目の前にくる。まるでクマにでも襲われる直前のような気分だ。ある種の恐怖しかない。

「や、ヤミ…?」

「おい、逃げんな」

あまりの威圧感に足が後退した。しかし圧倒的存在感で私の視界をぶん取るヤミが、ガシッと私の腕を掴んでそれを阻止する。熱い大きな掌は私の二の腕を一周してしまいそうだ。

「あんなヒョロヒョロ顔面ラインマンなんてやめて俺にしろよ、**」

「いや、あの、待って、本気?」

「おー」

混乱で口を閉じれば、シン…と静まり返る店内。はわわ、なんてイーストの声がしたが、あんた私のこと好きなら助けなさいよバカ。

この目は、本気なのかどうかわからない。でもいつもと違うのだけはわかった。本当に、待ってほしい。これが本気なら、私はどうすればいいのか。

「10年も待たせるような奴はほっといて、俺にしとけ、**」

「あ、あはは…どうしたの?同情?まぁ私ももうすぐおばさんの仲間入りだもんね…、」

「馬鹿野郎、テメェはババアになっても美人だろ」

「……ヤミって、かっこいいんだね」

「生まれた時から最高にかっこいいわ」

まさかの口説き文句に正直どきっとした。そんなこと基本言われないし、普通に褒められて嬉しくない人はいない。

『カカカ、よだれたれてんぞ、バァカ』

『お前はそのままでいいんだよぉー』

『変な寝顔だなぁ、**〜』

それなのに、頭に浮かぶのはジャックのことばかりだ。可愛いとか美人とか一度も言われたことないのに、なぜか彼の言葉を欲している。

「でも、私は、…」

ふと、ヤミの背中越しに見えた窓からほぼまん丸なお月様が覗いた。明日は満月の中でも特別な、十五夜の前日の今日のことを、待宵って言ったのは誰だっけ。

「テメェはダメだ」

初めて聞いた低い声。なのにずっと聞いてきたような懐かしさに、思わず息がつまる。

お腹に腕を回されて強く引かれ、途端に離れたヤミの手のひら。反対の腕を掴まれながら背中に当たった人の感触に、少し香る土の匂い。

強引なのに、ひどく優しく包まれた体に目眩がする。

「…絆されてんなよぉ〜、**」

頭上から降ってきた私の名前を呼ぶ声に、ゆっくりと顔を上げた。

「……ジャック、?」

「カカカッ、久しぶりだなぁ、**」

お腹に回した手を退けて、ジャックと正面に向き合った。びっくりするほど背が伸びてて、グッと大人っぽくなったけど、やっぱりジャックだった。

「ジャック、あの、」

「待たせたなぁ、**」

迎えに来た。
そうニヒルに笑うジャックが、ゆっくりと私を抱きしめようと近づいてくる。
偽物じゃない、本物だ。ここに、私の目の前にジャックがいる。

「ジャック…」

「**」

見つめ合って数秒、ふぅ、と小さく息を吐いて、私はゆるく口角を上げた。
それに呼応するように優しい表情で両腕を広げるジャックに応えようと、私は力強くグッと拳を握りしめる。

「……ッこのクソジャック!!!」

「グハァッ!!?」

「うわ、ミゾオチ…」

「ヒィ…ッ!」

拳を振り回して一突き。綺麗にミゾオチに収まった拳に悶えるジャック。冷静なヤミと、怯えるイーストを無視して私はトドメを刺すと言わんばかりにその身に跨って胸ぐらを掴み上げた。

「ッッおっそいのよ!!!10年もなにしてたのこのクソジャック!!!連絡くらいしなさいよ!!!このバカ!!!!」

「落ち着けってぇー…、**〜」

「一発じゃ足りないからもう一発殴らせて…!!!」

飄々、のらりくらりと私の怒りを受け流すジャック。相変わらずの態度で逆に安心する。本当に、目の前にジャックがいるんだ。
そう思うだけでジワリと目頭が熱くなって、鼻の奥がツンとした。

「ッ…、」

「…カカッ、泣くなよぉー」

「泣、いてないっ、!」

「いつまで経っても変わんねぇなぁ、お前はよぉ」

ポロポロと目からこぼれ落ちるものを親指で拭う指先の優しさに、また心臓がギュッてなってほっぺたが濡れた。もうこれを止める術はわからない。

「遅いよ、ばか…ジャックがちんたらしてるから、私おばあちゃんになっちゃうじゃんか、」

「ッカカカ!ばーちゃんになるまで待ってくれんのか?」

「そうなる前に魔法騎士団に乗り込んでやる」

「お前が来るなんておっかなくてしゃーねぇなぁ」

ぎゅう、とその胸に飛び込んで頬をすり寄せたら、それに応えるようにジャックがゆるゆると頭を撫でた。
ヤミはひょろひょろって言ってたけど、実際触れれば筋肉質な体にすっかり逞しくなった手のひらは惚れ直すのに十分だ。

「**〜」

「ヒック、な、なによ」

「一生幸せにしてやるから、俺の嫁さんになれ」

返事はハイしかいらねぇ〜
サラリと髪を撫でながら、さも愛おしいというような表情を向けて来るジャック。
なにこのタイミング。ムードもへったくれもなくて、ひどく私達らしい。
でもずーっと待たされてた身としては悔しくなったから、私を撫でる手に自分のを重ねて握りしめた。

「っだれが、素直にハイって言うか、ばか!」

ちゅ、なんて可愛いものかはわからないけど、もし表すとしたらそんな音が鳴るように唇を重ねた。実はこれがファーストキスってことは、ずっとずっと内緒にしておく。
離れた瞬間にパチパチと間抜けな面のジャックにざまあみろと心の中で言ってやる。

「私が、ジャックを死ぬほど幸せにしてあげるんだから、覚悟しなさいよ」

「…ッカカ、参ったなぁ、こりゃ〜」

「んっ、」

「……もう死んじまいそーだ」

再び重なった唇は、同じ温度だった。だめだ、愛してるの言葉じゃ足りない。



月が綺麗なだけじゃダメ



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