微炭酸ちょこれいと
「萎える」
「こっちのセリフだバァァァカ」
気味が悪いほどの純白でキラッキラの衣装に身を包んだ私は椅子の上で胡座をかいて出されたドリンクを酒のように飲んでいた。ちなみに男の方も、机に足を乗せてはイラついた様子でドリンクを呷っていた。
「なんで弟なの?私あんたじゃなくてお兄さんが良かったんだけど」
「俺はお前の存在すべてが嫌だっての」
「はぁ?こっちも同じよ」
将来の夢は一生お金に困らない生活をする、そんな貴族は私しかいないだろう。
夢のためにクソだるい花嫁修行も文句言いながらこなしたし、魔法だって騎士団には入ってないけど、入れば即戦力になるくらいは使える。あとは王族の旦那様がいれば私の人生計画は大成功の元に完結するはずだった。
はずだったのだが。
「まさかよりによってこんな性格の悪い王族に当たるとはね…」
「俺もお前ほどの性格の悪い女初めてだわ」
両家の親の手違いのせいで、性悪男と結婚することになりました。意味不明とはこのことか。
「あぁ〜私の完璧な人生計画が〜〜っ!!」
「うるせぇ、巻き込まれたこっちの身にもなれ!」
「巻き込まれる方が悪い」
「ぶっ殺す…ッ!」
はぁ、と大きくため息をついた。ストローの先のオレンジジュースを飲み切り、グラスを机に押し付けておかわりに行こうと席を立った。
「シャンベルタン持ってこい」
「結婚式前に赤ワインってアンタ馬鹿?」
「飲まねェとやってられるか」
「自分で行けば?」
「ケチな女だな」
「器の狭さならそっちの方が上よ」
これが式前の新郎新婦の会話とは。もちろん、部屋には私たちしかいないし、誰かに聞かれているわけではないけれど。
グラス一つを手に邪魔なウェディングドレスの裾を引っ掴んで外に出た。途端、お付きの人が慌てた様子で駆け寄ってきては、私の目の前で跪く。
「**様…っ、ご用の時は我々にお声掛けをと…!」
「ごめんなさい、お手を煩わせるのが申し訳なくて…」
「使用人ですので何なりとお申し付けください、何か追加でお飲物をご用意いたします」
「本当ですか…?それなら…」
:
:
「はい」
トン、と置かれたのは俺が言っていたものとは違う、グレープジュースと書かれたラベルを貼っつけたボトル。もちろんアルコールなんて微塵も含まれていないそれを見ては「なんだよこれは」と女に問い詰めた。
「アンタもお兄さんみたいにお酒弱かったら良かったのに」
「ノゼル兄様が酒に弱いこと知ってたのか?」
「あんだけ頑なに飲んでなかったら嫌でもわかるっての」
どこからか取り出したソムリエナイフを片手に、慣れた手つきでコルクを開ける女。酒じゃないことを指摘すれば、呆れた視線が返ってきた。
「式で酔っ払って転けたりしたら私が恥ずかしいでしょ?」
「んなことしねぇよ」
「どうだか」
問答無用でそれをグラスに注がれる。ワインに似たそれがいい音を立ててグラスの中で泳いだ。
こういう手つきはさすがとしか言いようがない。性格はクソだが、小さなことにもよく気づいて人前では猫被ってやがるから家族の中でもかなりの好印象だった。
本性はクソだが。
「何時からだっけか、式」
「忘れた」
「クソかよ」
「そっちもね」
はぁ、とため息をついてはグラスに手を伸ばす。
しかし伸ばした手は空を掴み、残された手が呆然と残った。掴むはずだったグラスは、性悪女の手の中にあった。
「…何すんだよ」
「ありがとうございますは?」
「は?んなもんどうでもいいだろ。よこせ」
もう一度手を伸ばす。しかしそれはさらに遠のいていき、苛立ちだけが残った。
「…テメェ、」
「あ、り、が、と、う」
は?
満面の笑みで俺を見下す女。その視線があまりに楽しそうだがおもちゃにされているこっちは腹が立って仕方がない。クソ女、と呟くも女は笑みを崩さなかった。
「チッ……サンキュ、」
「ツンデレかっての」
そう言うと素直にグラスを手渡してくる女。
本当にこいつは読めない。何を考えているのかサッパリだ。今まで何考えているか読めないやつは何人もいたがこいつは別格だった。性格の悪さもさながら、俺にとっては得体の知れない存在だった。
グ、とグラスを傾けては口の中を通る甘ったるいグレープが喉元を過ぎる。甘過ぎる。そう思うがどうにも嫌いになれない味だった。
その時、ドアをノックする音が部屋に響き、視線がそちらに向いた。
「ソリド様、**様、そろそろお時間です」
「チッ…」
「はい、ありがとうございます」
決まったことは仕方ない。面倒くさいが、家のためなら我慢できた。できなかったら、捨てればいいだけの話。
グラスを置いて立とうと椅子に手をついた。その瞬間、まっすぐな声が鼓膜を刺激した。
「ソリド」
声のした方に首を向ければ、視界が途端に女の顔でいっぱいになる。
半分だけ見えた無駄に整った顔と、唇に触れる柔らかい感触。突然のことに思わず目を見開いて思考を停止させた。
「…ツラと地位だけはいいから結婚してあげる」
「…こっちのセリフだ、バァァァカ」
「顔、赤いよ」
「ッ、んなことねぇ!」
こいつが死ぬほどブスだったらと、何度願ったことか。
無様にも、頬に集まる熱がうっとおしくて髪の毛をぐしゃりとつかんだ。覚えてろよ、と仕返しを企んでは、スタスタと何事もなかったように先を歩く背中を追いかける。
:
:
神父の長ったらしい話を適当に聞き流し、猫かぶり100%で照れた様子を見せた。ただ唇を合わせるだけの行為に若干の面倒くささを感じつつ、恥ずかしそうなそぶりを見せればドン引きした表情のソリドが映った。それを見てさりげなく肘でどつく。
滞りなく式が進み、ブーケもトスして女たちの醜い争いを心の中で鼻で笑った。必死かよ。
「ねぇ」
「あ?」
「次のガータートスってなに?」
そして式のプログラムの最後に書かれたガータートス。なにそれ?と頭にハテナマークが浮かび、知ってるであろうソリドに声をかけた。もちろん誰にも聞こえない小声で。
「あー、あれな。あれは……」
「??」
面倒くさそうに口を開いたソリド。私の顔をじっと見つめては、その後に何かを考えるような仕草をした。
「…まぁ、楽しみにしとけよ」
そしてニヤリと笑ったのだ。これは、なにやらヤバい予感がする。若干の悪寒と盛り上がる会場。視線が嫌にも集まるこの空間がものすごく嫌だった。
「それでは!最後のプログラムになります!」
ブーケトスよりも騒がしくなる会場。私だけが知らないようで、少し疎外感をもった。
もう一度ソリドを見つめたが、やはりニヤニヤと気持ち悪い笑顔をしていた。そしてその表情は私に嫌なことをするときの顔と全く一緒で、今すぐにでも帰りたくなる。
「花嫁はどうぞこちらへ!」
「は、はい…、?」
キョトンとおどけて見たが、内心心臓はバクバクだ。うわ、嫌。それを何度も心の中で呟くも、どうにもできない現状が腹立たしい。
公衆の面前でポツリと放置された椅子に座らされる。視線の全てが私に向き、気持ち悪さに顔が引きつりそうだった。本気で嫌。
「それでは新郎のソリド様!どうぞ!」
そんな元気のいい声が響く。なにするつもり?とソリドに視線を向ければ、首元のネクタイを少し緩め、表情を崩さないまま私の目の前で跪いた。
「な、なにするの…?」
「頑張ってお淑やかしろよ、**」
「は…?……っ、!?!?」
その瞬間、私のウェディングドレスを捲りあげるソリド。
あまりの突然の出来事に驚いて足を引こうとしたが、ガッツリと掴まれていて逃げることができない。
「なっ、えっ、なにして…っ、ひゃ、!」
「あ?テメェのガーターを取るんだよ」
「っ、そのガーターか…っ!」
スカートを捲り上げて私の足を露出させた。可愛いガーターだな、なんて呑気に足につけていた自分を呪いたい。
空気にさらされた足と、太ももの際どいところに顔を寄せる行動に蹴り飛ばしたくなる。
「〜〜っ、!」
「蹴り飛ばせるなら、やってみろよ」
ギャーギャー騒ぐ野次馬には私たちの声は聞こえていないらしい。
しかし派手な行動に移せば、今までの私の猫かぶりの苦労が全て水の泡になる。それだけはなんとしてでも避けなければならないけど、でも今のこの状況があまりに恥ずかしくて死にたくなった。
「っ、んッ…!」
「人前で喘いでんじゃねぇよ」
「そっ、そこで喋らないでよ…ッ!」
生暖かい息が内腿を掠める。くすぐったい刺激に身をよじるが、ソリドの言うようにここは人前だ。
変な反応をしてしまう自分が恥ずかしくて、穴があったら入って埋めて欲しいくらいの衝動にかられる。
「はっ、やく、取ってよ…ッ」
「ゆっくり楽しもうぜ、**」
っくそ、この性悪男!!!
上目遣いで私に視線を向けるその表情は楽しくて仕方がないと物語っていた。
わざとらしく口を開けては、ガーターだけじゃなくてわずかに内腿にも歯を立てるソリド。
くすぐったい甘い刺激が背中に走り、変に体を跳ねさせては余計に顔が熱くなった。
「顔、真っ赤だな」
「〜〜ッ!!」
「隠すなよ」
そしてスルスルと歯で器用にガーターを抜き取っては、見せつけるようにそれを噛み締めて私の両腕を取るソリド。
揺れるガーターに視線を奪われるもすぐさま首を逸らせば、顎を掴まれて無理やりソリドに視線を向けされられる。
「その顔が見たかったんだよ」
くそ、こいつがブサイクだったら良かったのに。
そうだったら、こんなにも心臓はうるさくならなかったのに。
私に背を向けてボールにガーターを引っ掛けてはそれを投げ飛ばすソリド。男たちが盛り上がる中、真っ赤になった顔をどうにか冷まそうと手を頬に当てた。
本当に、あつい。
「**」
「ッ、」
そんな私に再度近づき、体を曲げるソリド。視界いっぱいに広がったのは、目を閉じた整った顔。
きゃあ、女たちの黄色く甲高い声が会場に響いた。やだーなんて言ってる人もいたが、そんな声は次第に耳から遠ざかっていった。
柔らかい唇の感覚がなくなったと同時に、耳元に口を寄せたソリド。呆然と固まる私をよそに、吐息のような声が耳を刺激した。
「続きはベッドの上な」
微炭酸ちょこれいと