迷走ロマンティック



「おはようございます、**さん」
「…………よ、ユノ、」

でかい口を開けて大きな欠伸をする女性、**さんは金色の夜明けの先輩。戦場ではグリモワールを片手に大技を連発させ、相手に付け入るスキを与えないすごい人。
でもその私生活は全く持って気が緩んだ隙だらけな人だった。

今もそう、食堂に向かうというのに寝衣のボタンは上から三つも開いていて、中のキャミソールだけでなくピンク色の下着まで見えている。
食堂には、もう多くの人が集まっているというのに。

「ボタン、閉めた方がいいんじゃないですか」
「んー……」

立っているのに重力に負けて落ちていきそうな瞼。
戦場のあの気迫はどこに行ったのか。相手を煽って逆上させ、返り討ちにするあの力強い**さんはどこに行ったんだろう。

「**さん、ボタン閉じなきゃだめですよ」
「うー……」
「唸ってもダメです」
「ゆのやって」
「何言ってるんですか」

ぶす、と頬を膨らませ、眉間にしわを寄せる**さん。
これならまだ教会の子供の方がよっぽど言うことを聞いてくれる。**さんは貴族の出だから私生活はわがままなのか?

しかしやってといわれたら教会にいたときの精神が燻ぶられてしまう。
それに俺の方が後輩だというのに、なぜか**さんのお世話係を押し付けられた身としては、こんなあられもない姿の**さんを人目に晒すわけにもいかなかった。

「……今回だけですからね…」
「んー…」

ぐい、と少し雑く服を引っ張ってボタンを掛け合わせた。なんで俺が、という気持ち反面、昔の教会を思い出すようで懐かしささえ感じてしまうのはもうこの人の世話をすることを受け入れているからだろう。

「ゆの、ごはん、」
「俺はご飯ではありません」
「サンドイッチ…」
「今から食堂に向かいますから我慢してください」
「おんぶ、」
「〜〜っ、」

今回だけですからね、
もう何回目だ。
もはや口癖のようになっているこの言葉は全くもって効力を示さない。

「おはようございます、ユノくん」
「また**さんをおぶってきたのか」
「………」
「んー、…」

仕方なくおぶってやればこれだ。俺の背中に手を当ててスヤスヤと眠る**さん。
こんなに喋ったり移動しても眠れる図太さはどこから来ているのか。

「先に行っておくぞ」
「待ってますわね」
「…あぁ」

まばらに人がいる中、空いている席に**さんを適当に座らせた。相変わらずだな、の声が周りから聞こえるが、本当に毎日こんな感じで疲れる。

「なに食べますか」
「スー…スー……」
「…適当に取ってきますよ」

机に突っ伏してぐっすりと眠る**さん。もう起こさずに寝かせておいたらいいのに。

体質上、魔力を多く消費した次の日の睡魔は異常らしい。昨日はちょうど任務だったからこそのこの睡眠なんだろう。
俺にとっては迷惑極まりないが。

自分が食べる分と**さんが食べたがっていたサンドイッチなどを適当に皿に盛り付け、二人前のプレートを持って席に向かった。

「**さん、朝食ですよ」
「…んー、?」

ゆさゆさと肩を揺すっては掴み、上半身をむりやり起こす。だらんと背もたれに持たれる**さんの前にプレートを移動させた。

「早く食べないと俺が食べますよ」
「……たべる、」

もそもそと、スロー再生しているかのように動き出した**さん。…あぁ、キュウリが落ちた。

「**さん、落ちてますよ」
「ん、」
「ちゃんと食べてください」
「……ゆの、」
「はい、どうかしまし、………」

じ、と俺を見ていた目がゆるゆると細められる。ふにゃ、と崩れたように笑って、赤くふっくらとした唇が小さなソプラノを紡いだ。

「いつもありがと、ゆの」

たった一言。
たった一瞬の出来事。

それなのに、彼女はやすやすと俺の心を攫っていく。
この笑顔見たさに、毎日面倒すぎる世話をやっているから今日は上出来だと思う。

「ゆののとなり、おちつくから、すき」
「…そうですか」

ど天然にもほどがある。
俺がどれだけあなたの言葉一つで気持ちが左右されるか、きっと知らないだろ。
また瞼が落ちていきそうな**さんの隣で、生意気な俺が「足りないです」とつぶやいた。

「ん、?どした、ゆの、」
「足りないです、**さん」
「ん、ぇ、…」

貰えばもらうほど欲が増す。
言葉一つで、とは言っても、もうそれだけじゃ物足りない。
もっと、もっと**さんが欲しい。

またトロンと蕩けそうな目の**さんの頭に手を伸ばし、ぐっと引き寄せた。
周りに人なんてもう関係ない。むしろ、これで誰にも手は出させない。

ペロ。

「っ、!?」
「…ついてましたよ、ここ」

唇の端。きっと卵であろうものを自身の舌で舐めとった。

ぱち、ぱち、と瞬きをする**さんが可愛らしくて、思わず笑みがこぼれた。

「え、いま、え、ユノ、なにして…」
「**さん」

そのまま、耳元に口を寄せて囁いた。

「っ、え、ユノ、えっ、…!?」

そしたら**さんの耳は真っ赤に染まって固まったから、ぽん、と頭を撫でてから食器を片付けに行った。

さぁ、どうしてやろうか。

迷走ロマンティック
『あまり可愛いことすると、次は襲いますよ』



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -