泡沫ショコラティエ
金色の夜明け団でコックをしているわたしには、密かな楽しみがある。
「おっ、お疲れ様です!ヴァンジャンス団長…っ!」
「お疲れ様、今日も美味しいご飯をありがとうね」
そう、ヴァンジャンス団長がご飯を食べに来ることだ。
実は、と改めて言わなくても、わたしはヴァンジャンス団長に恋をしている。
きっかけはいたって普通。鬼の料理長にボロカスに怒られて泣いている新米コックのわたしに、ヴァンジャンス団長がハンカチを差し出してくれたのだ…っ!!
しかも極め付けは…
『朝早くから厨房で頑張っているのを見ているよ。これからも美味しい料理を作って欲しい』
カンカンカンカーーン!!
ノックアウトーっ!!
仮面で覆われた部分は見えなくとも、彼の声や笑顔、そしてやさしい目はまんまとわたしの心を鷲掴みにしたのだ。
それからというもの、修行にもますます力が入って、メインディナーの一つや二つを任されるほどにまでなったのです!!
これぞ恋の力と言わずしてなんというかっ!
「きっ、今日は、任務はお休みなのですね…」
「あぁ。最近働きすぎだと部下に言われてね」
「そうですよっ!」
このクローバー王国随一の強さを誇る金色の夜明け団。その団長を務めるヴァンジャンス団長の多忙さはわたしには計り知れない。
食堂を利用するのも週に数回。ご飯をおちおち食べてられないほどこのお方は忙しいのだ。
「働きすぎで倒れてしまわないか心配です…っ」
「大丈夫だよ、私はそんなことで倒れたりしないさ」
「〜〜っ、そ、れはわかっているんですが…」
心配なのが、80パーセント、あとの20パーセントは、もっとしゃべりたいなっていう、私の自分勝手な下心。
……いや、6:4くらいの割合かな。
とにもかくにも、こんなクリスマスまで働きづめの彼にはもっと休んで欲しいのだ。
「あ、あのっ、ヴァンジャンス団長っ、!」
「ん?どうかしたのかい?」
「こっ、これ、そのっ、」
一か八か、ヴァンジャンス団長が食堂に来たら渡そうと朝から作っていたプリン。この前食べていたのを見て、プリンなら食べれるのでは…!とたくさん考えて、わたし風にアレンジしたものだった。
「あのっ、その、クリスマス、プレゼントと、言いますか、その…」
「これは、…プリンかな?」
「はっ、はいっ、!えと、…お気に召されなければ、その、いいんです…」
一丁前に、クリスマスっぽい可愛い袋とかでラッピングしてみたりと女の子っぽくしてみた。
普段厨房ではほぼすっぴんだからせめてもの女子力だ。無駄なあがきであることは重々承知している。
「…ありがとう、プリンは好きだよ」
「〜〜っ、よかった、です…」
はあぁぅぁうあーっ!
ヴァンジャンス団長のお言葉を録音して毎晩耳元で聞きたい…っ!!
好きと言われるプリンが羨ましくて仕方がないっ!
だがしかし**、ここは平常心だ。気持ち悪い内面を知られるわけにはいかないのだ。
実は、用意していたプレゼントはこれだけじゃない。
ポケットに入ったラッピングをぎゅっと握りしめた。少しでも、あの時のお礼がしたかった。
プレゼントを握りしめたまま、ずっと用意していた言葉を言おうと、口を開いた。
あれ、変だな、喉がカサカサする。口がパサパサで、まるでスポーツした後にシフォンケーキを食べたみたいだ。
「めっ、メリークリスマス、です、その…〜〜っ、わたしもヴァンジャンス団長のことずっと見てます、!」
かさ、と音を立てて、プレゼントをカウンターの上に置いた。キョトンとした表情でヴァンジャンス団長がそれを見ているすきに、耐えきれなくなったわたしは「失礼しましたっ!」と早足でその場を去った。
言っちゃった。言っちゃった。
もうほぼ告白みたいなことだったけど、言っちゃった。
返事が欲しいとか、見返りが欲しいとか、そんなんじゃない。ただ、気持ちを伝えたかっただけ。
「〜〜っ、言っちゃった!」
今日はクリスマス。
いつもとはちょっとちがう、ドキドキがいっぱいのクリスマス。
(…マフラーと、手紙…?)
『おなかがすいたら、いつでも待ってます。**』
泡沫ショコラティエ
(かわいらしいサンタクロースがいたものだ。)
そう言って、ふたつのプレゼントを抱きしめた。